第14話:冒険者
勇者に職場を荒らされた冒険者たちを「工兵予備役」として雇用し、馬車の整備技術を叩き込む計画は、予想を上回る応募数となった。
冒険談に憧れて剣を握った彼らの多くが、その生活の実態――勇者登場以前から続く、命の対価が見合わない過酷な現実――に疲弊していたのだ。彼らに残された道は、本来なら泥にまみれて畑を耕すか、十歳そこらで職人の門を叩くしかなかった。
成人した彼らには、もはや魔物を狩るか、荷を背負って歩く運送人足以外の選択肢はない。それは彼らの能力不足ではなく、単に学ぶべき環境と機会が欠落していたという構造的欠陥に過ぎない。
帝都には「力仕事」でその日を食いつなぐ無職の層が溢れている。さらに、俺が進める馬車の大型化と高速化、そしてPAによる効率的な運航が定着すれば、既存の個人馬子たちも、そのシステムから弾き出され、失業者へと転落するだろう。
俺の「快適で安全な隠居生活」のためには、帝国を侵略不可能な「絶対的な大国」へと変質させる必要がある。
馬車修理の職人不足から始まったこの計画だが、対象範囲を大幅に拡大することにした。
将来の産業構造の変化に伴う破壊活動――「ラッダイト運動」の芽を、あらかじめ摘み取っておくという大目標のために。
都市で溢れた若者や元冒険者の多くは、農業の「作法」を知らない。ならば、彼らを「失業者」から「開拓団」へと強制的に再定義すればいい。
単に建設工兵として土を掘らせるだけではない。帝国が直接管理する――逃げ場のない労働場所「プランテーション」へと彼らを送り込み、今後の機械化に不可欠となる植物油などの原材料を量産させる。
「都市で余剰となった人間を、地方のインフラ(食料・資源生産)に変える循環」。
俺は、人間という不確定な要素を、図面上の確実な「変数」として書き込んだ。
これなら、彼らは「社会の落伍者」ではなく「帝国の新領土を支える英雄」という名誉を食い、腹を満たすことができる。
「開拓団兼、建設工兵予備役」を国境付近や重要拠点に配置する。
それはそのまま「屯田兵」として機能し、俺の隠居予定地を囲むように配置すれば、鉄壁の防衛線が完成する。
……それでいいのか、と一瞬だけ思う。だが、考えないことを選択し俺はペンを走らせる。
「人間という原材料」をどこに配置すれば、最も効率よく平和を維持できるか。
俺が作るべきは、もはや道や橋だけではない。
中尉は、俺の職業訓練学校案を開封を待つ親展文書のような、隙のない沈黙で確認した。
中尉の指先が、プランテーションによる強制労働と、屯田兵による防衛線計画の箇所で一瞬止まる。そこに記された残酷な合理性を、中尉はまるで「旧知の友」に再会したかのように、静かに受け入れているようだった。
「少尉。いくら『覇権国家計画』が国家プロジェクトだといっても、参謀本部が動かせる予算は青天井ではありませんよ」
書類から目を離さずに中尉が告げた言葉は、監察官である俺の急所を正確に射抜いた。
物流の活性化によって将来的な税収が増えたところで、それは国庫の潤いだ。軍が即座に、自由な裁量で動かせる「現金」が増えたわけではない。
職業訓練、再教育、開拓地の維持。どれもこれも、莫大な先行投資を必要とする。そこで俺は、新たな現金収入の手段として、「軍営公共交通機関」の設立を提案した。
今後、舗装路が帝国全土に行き渡った時、いつ出発するかも分からない乗り合い馬車のような非効率な遺物は必要ない。
一日に決まった本数、決まった時刻に厳密に出発する「定期馬車」を、軍主導で運営するのだ。幸いなことに、俺が推進した大型馬車化によって失業の淵に立たされた個人馬子という、経験豊富で使い潰せる運転手ならいくらでもいる。
これまでの帝国軍は、ただ予算を消費するだけの「巨大な胃袋」だった。
だが、定期馬車による運賃収入という自己増殖的な現金獲得手段を得ることで、軍は自食的な怪物へと進化する。
しかし参謀本部を説得するには、あと一つ、決定的な「利得」が足りない。
俺の説明を、中尉はどこか楽しげな、試すような眼差しで聞いていた。
「なるほど、公共交通ですか。……その計画なら通るでしょう。定期馬車が運ぶのは、『人』だけではありませんから」
中尉が唇の端をわずかに吊り上げ、そう呟いた。
――運ぶのは、人だけではない?
その言葉が、俺の脳内で火花を散らした。
「決まった時刻に出発し、到着する」という概念の強制。
これは、この世界に「共通の時刻表」を浸透させることを意味する。軍が時間を支配することは、帝国全土の行動リズムを軍の統制下に置くことと同義だ。人々は、無意識のうちに軍の刻む秒針に合わせて人生を歩み始めることになる。
それだけではない。
定期馬車は「郵便物」も運ぶ。軍主導の交通網が民間の運送業者を駆逐し、独占を果たせば、帝国中の情報の流れを検閲し、完全に掌握できる強力な情報網が完成する。
それも、多額の維持費を投じるのではなく、運賃という利益を稼ぎ出しながら、勝手に。
中尉は、俺の思考を先回りするように言葉を継ぐ
「情報の検閲と把握を勝手に行う情報網。参謀本部が最も欲しがるのは、金以上にそれでしょうね」
中尉を見て、背筋に冷たいものが走った。
決まった時刻に到着するという概念を浸透させ、全土の行動リズムを支配し、同時に情報の流れを完全に掌握する。定期馬車は単なる小銭稼ぎに留まらない。
「……中尉。あなたは、最初からこの『結果』を想定して、予算の話を?」
問いかける俺に対し、中尉はただ、親切な上司を演じるような、隙のない沈黙を守ったまま微笑んでいた。
軍による全土の把握。当然のことながら、こんな芸当は帝国以外には不可能だろう。
百年以上前から皇帝が異世界人と関わりを持ち、将来の世界大戦抑止という大義を掲げ、現在も軍主導で継続されている「覇権国家計画」。
これほどまでに遠い未来を見据えた、呪いのような戦略を立案できる国など、この世界のどこにも存在しない。
俺は図面の上に、帝国全土を縛り上げる「時刻表」という名の鎖を描き込んだ。
便利で、安全で、正確。
民衆はその鎖を「文明の利器」と呼んで歓迎するだろう。
俺は自分の「事務作業」が、どれほど多くの人間の自由を奪っているのかを理解しながら、次の停留所の設置ポイントに印をつけた。
三か月後、例の取り潰しとなった貴族の別荘を改修し仮設職業訓練学校として試験運用開始となった。
真新しい制服を支給された訓練校第一期生、十九名の元冒険者たちが、歓声を上げながら俺の手を握った。かつての泥臭い装備を脱ぎ捨て、学力テストの結果に基づいて整列する彼らは、すでに個性を剥ぎ取られた「軍のパーツ」へと変質し始めている。
「少尉、ありがとうございます! 俺たちみたいな、剣を振ることしか知らなかったゴミ屑を、帝国の誇りある工兵として拾ってくれて……! この恩は、一生忘れません!」
周囲からも、それにつられた拍手と歓声が上がる。
俺は顔を引き攣らせ、適当な激励の言葉を吐き捨てて、逃げるようにその場を後にした。
「……愚か者は事実ではなく、気分で動く」
人通りのない廊下で、俺は込み上げる吐き気を抑え、心の中で毒づく。
彼らに与えたのは「希望」ではない。ただの「役割」だ。
帝国という巨大な機構が、より滑らかに、より無慈悲に回転し続けるための「潤滑油」としての居場所を与えたに過ぎない。
「実態がどれほど不均衡であっても、『手続きの体裁』さえ整えてやれば、彼らは自ら進んで首輪を嵌めにくる。公平感という名の麻酔は、真実よりもよほど役に立つ」
俺が提示した「再教育」という美しい手続き。軍の制服という「体裁」。
それだけで、彼らは自分の自由がマニュアルという鎖に置き換わったことにも気づかず、支配者に感謝を捧げる。
――今日来なかった、直前で夜逃げした冒険者一名。
点呼の際に空白となったその一枠。もしかすると、彼が一番賢いのかもしれない。
「少尉。いい笑顔でしたよ、彼ら」
いつの間にか背後に立っていた中尉が、楽しげに目を細めている。
「……中尉、俺は馬車の車輪さえ回れば、彼らが泣いていようが笑っていようが、知ったことではありません」
中尉には、俺が彼らを救った「英雄」に見えているのか。それとも、俺が彼らを「加工」したことに気づいた上で、その手際を称賛しているのか。
俺は震える手で、ポケットから胃薬を取り出した。
感謝の言葉を浴びれば浴びるほど、自分の良心が、まるで自分が最も忌み嫌う「独裁者の代弁者」にでもなったかのように激しく疼く。
彼らが俺を信じ、このシステムに依存すればするほど、俺の描く図面はより強固に、より残酷に、帝国という怪物を肥大化させていく。
「帝国」という名の巨大なシステムの、その歯車そのものを設計しているのだという自覚が、俺の胃を再び苛み始めていた。
喉の奥で、またあの不快な鉄の味がした。
俺は、この不快な仕様を『運用上の必要なコスト』として合理的に処理した。
読んでくださり、ありがとうございました。




