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覇権国家計画  作者: 納豆
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第13話:道の駅


超大型物流倉庫の建築場所が決定した。帝都中心部には、もはや広大な馬車の待機場を持つ建築物を作る余地はない。南門を大改修し、一部の農地を収用・移転させるという、行政主導の強引な再開発が幕を開けた。


周辺の農地で収穫された穀物や野菜、職人たちが作り上げた工芸品は、一時ここに集約される。そこで規格化された木箱にパッキングされ、板バネを備えた新型馬車が、俺の設計した舗装路を滑るように進んでいくことになる。


だが、倉庫を作っても、そこへ至る街道が「未整備の旧道」では意味がない。舗装路計画と並行して浮上した次の課題は、「パケットロス」にも似た物流の停滞――すなわち、街道の途中に荷が止まる場所がないことだった。


馬が疲弊し、御者が過労で事故を起こし、滞留した生鮮品が腐る。数字上の効率が、現場の肉体的な限界によって削り取られていく。


俺は不動産屋の彼女を呼び出し、ヒントを得ることにした。


彼女が語る現代の「SAサービスエリア」と「PAパーキングエリア」の概念は、目から鱗だった。特に、その場所でしか食べられない「ご当地グルメ」が人を呼ぶという視点。


この過酷な世界だからこそ、人々は「ただ生きる」以上の動機を必要としている。試験農場で選抜育種された果実を「名産品」としてブランド化すればいい。既存の街を大規模な宿場町(SA)として再定義し、その間に簡易的な休憩所(PA)を新設する。


さらに、聖女には小さな礼拝堂の建立を「外注」することにした。信仰心の厚いこの世界において、旅の安全を祈る祠は、それ自体が強力な集客施設になる。


地方貴族には通行料という名の利権を、教会には巡礼者という名の信者を、そして旅人には「珍しい食べ物と安全」を与える。


覇権国家計画のための街道整備が、地方勢力に恩を売りつつ、外貨を獲得するレジャー市場へと変貌する。


理屈の上では、欠陥は見当たらない完璧な計画だ。


そのはずだった。


三か月後。増強された補給部隊と建設工兵部隊の強行軍により、舗装街道は帝都から最短距離にある都市まで開通した。


この舗装路は、雨の影響をほとんど受けない。かつては天候次第で十日を要した馬車移動が、二、三日に短縮される。全力の伝令ならば一日で駆け抜けるだろう。物流の速度が跳ね上がる。それは同時に、帝国の軍事的な「投影能力」が物理的に拡張されたことを意味していた。


だが、運用を開始した直後、二つの大きな問題が浮上した。


一つ目は、物理的な摩耗だ。言い訳をさせてもらうなら、あの環境破壊者のガキ(勇者)が暴れ回ったせいで、十分な試験期間が確保できなかったことが原因だ。

硬く整備された舗装路は、馬のひづめに過剰な負荷をかけ、馬車の車輪を通常の数倍の速さで消耗させる。


「少尉、兵たちからは『この道は馬車殺しだ』と、不名誉な渾名で呼ばれていますよ」


視察に訪れた中尉が、舗装路の端で砕けた木製車輪を軍靴で軽く突きながら言った。その視線は、機能不全に陥りつつある物流の停滞を冷徹に見抜いている。


「……馬に関しては、即座に管理で対処できます。数を揃えて交代制を敷き、一日あたりの走行距離を制限します。」


俺は手元の帳簿から目を離さずに答えた。

「蹄鉄の改良も進めています。鋼による極薄・軽量化。量産体制が整えば解決するでしょう」

アルミニウム……いや、ないものねだりか。「問題は馬車です」


中尉は帝都の方角を見ながら言った。


「ギルドから人は出せると申し出がありましたよ。受けるのですか?」


中尉の提案は、この世界の常識に則った妥当なものだった。だが、俺はそれを即座に切り捨てる。


「それはダメです」


板バネを備えた新型馬車は絶対数が少なく、消耗した車輪は交換するしかない。だが、帝国にはすべての車輪を金属製に置き換えるほどの鉄資源の余剰はない。何より、それらを現場で保守・修理するための「職人」が決定的に不足していた。


PAパーキングエリアを新設し、そこで馬の換装と馬車の修理を行う。

論理的には完璧な、分業と効率化を前提とした俺の計画は、「人間」という最も制御しづらい最大にして最弱のインフラの欠如によって、瓦解の危機に直面していた。


現在は工兵部隊で無理やり回しているが、それは問題を先送りにしているに過ぎない。この世界の職人の多くはギルドに所属し、徒弟制度の下で何年もかけて「技術」という名のブラックボックスを伝承していく。

俺の快適で安全な隠居生活のために、そんな非効率な時間の浪費を待っていられるはずがない。


「必要なのはギルドの応援ではなく、帝国直営の職業訓練学校です」


これこそが、俺が導き出した事務的な解だ。


今後、水車による機械化が進めば、既存の熟練労働者は確実に職を失う。この世界でラッダイト運動の火種を放置しないためにも、公的な再教育プログラムという政治的装置が必要になる。


まずは、あの勇者が魔物を駆逐しすぎたせいで、食い詰めている冒険者共をかき集める。連中を「工兵予備役」として軍事予算で雇用し、剣の代わりに工具を握らせるのだ。


当然、職人ギルドの反発は予想できる。だが、実質的な平等を説く必要はない。心理的な不満さえ抑え込めば、組織は御せる。……理屈の上では。

大手ギルドには「帝国軍指定業者」という看板を与え、下請けに引き込む。連中に「選ばれたエリート」という錯覚を与えつつ、民衆には「弱者救済」という美談を提示すれば、反対の声は霧散する。


修行に何年もかける必要はない。

冒険者たちに、車輪の交換と基本的なメンテナンスを叩き込む。作業を極限まで分解し、誰でも再現可能な「マニュアル」を配布し、「専用工具」を支給する。職人技術を個人から剥ぎ取り、マニュアルという名のシステムへ移譲するのだ。


さらに、聖女という強力な広告塔を利用する。

「聖女様が、PAで整備士が語る旅の冒険談を聞きに訪れた」という噂を流せば、そこは殺伐とした教育施設ではなく、帝国民が憧れる「話題のスポット」に擬態する。


PAモデル校の開校まで、六カ月。

事務的な段取りはすべて整った。


俺の描いた図面の上では誰もが幸せになる、少なくとも、図面の上では。


そして、もう一つ。もっと大きな問題がある。


貴族だ。

俺は、まだ貴族という生き物を真の意味で理解していなかった。


街に大規模な宿場町(SA)を作る計画が、目に見えない壁に突き当たって止まっている。俺は、地方貴族には通行料という名の利権を与えれば、それで話は済むと思っていた。だが、現実はそう単純ではなかった。


「不入権」と「司法利権」。

貴族にとって、自分の領地に突然「皇帝」や「帝国軍」直営の施設ができることは、単なる商売の競合ではない。それは、自身の絶対的な「支配力」の低下を意味する。

そこで働く領民たちが、領主ではなく帝国の法と秩序に従い始める。彼らにとって、それは自らの領土という聖域を侵される、耐え難い屈辱なのだ。


渡河権とバイパス問題も根が深い。

新しい舗装街道は、貴族が代々「渡し船」や「古い橋」で通行料を取ってきた場所を、無慈悲にバイパスしていく。彼らにとって、その古い橋こそが歴史であり、一族の権威そのものなのだ。もちろん、今の橋を物理的に壊すわけではない。


ただ、舗装街道の先、もっと便利な場所に最新の橋が完成してしまえば、誰も好んで旧道を通る者などいない。利便性という名の暴力が、彼らの「格付け」を無価値なものへと叩き落とす。


俺は「利権」を単なる経済的な損得勘定だけで捉えていた。だが、俺が踏みにじったのは、彼らが数百年かけて積み上げてきた「支配権」という名の逆鱗だった。


中尉は、ドミノの最後の一枚に指をかける、幼い期待に満ちた瞳で俺を見る。


「少尉なら、勇者に“悪徳貴族を退治するクエスト”を出すと思っていましたよ」


相変わらず酷い評価だ。いくら俺でも、そこまではしない。反乱軍と違い、貴族は明確な敵ではないのだ。しかし、特別監察室長といっても、貴族から見れば一軍人にすぎない。


「名誉職としてのSA運営」はどうだ。施設は帝国直営だが、形式上の「SA総裁」や「名誉駅長」を地元の貴族に委ね、彼らの「支配している感」を維持させる。

あるいは「歴史の継承」という演出。新しい橋を「〇〇家・新架橋」と命名し、古い橋の歴史を称える記念碑を設置する。近代化を「伝統の否定」ではなく「伝統の正統な進化」としてパッケージングし直すのだ。


……ダメだ、どちらも上手く行くとは思えない。そんな欺瞞、誇り高い連中が飲むはずがない。

計算は合っている。だが、人間はそれで動かない。ほんの一瞬、思考が止まる。


「……ならば、些細な誤差にするだけだ」


俺が図面の上で苦悩していると、中尉は今まで見せたことのない穏やかな笑顔で、やさしく言った。


「少尉。問題のすべてを、貴方が解決しなくても良いのです。後は、参謀本部に任せてください」


二か月後。

SA計画に強硬に反対していた貴族は、跡形もなく取り潰しとなった。

理由は知らない。あるいは、知りたくない。


中尉に事の顛末を尋ねたが、「覇権国家計画のためです」と、事務的な報告以外は口にしなかった。


俺の「快適で安全な隠居生活」は、こうして「血塗られたインフラ」の上に築かれ始めている。

自分の知らないところで、自分の描いた計画が「誰かの破滅」を糧に進んでいく。


その事実について、俺は考えないこと選んだ。

喉の奥にこびりつく鉄の味を、冷えた水で無理やり流し込んだ。


読んでくださり、ありがとうございました。

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