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覇権国家計画  作者: 納豆
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第139話:世界大戦 その三十


(回想)出発二日前。第四超大型星型要塞、西門前。


「大尉。そう悲観的な顔をしないでください。六か月という即席教育期間とはいえ、大隊へと配属される新兵は、その中でも優秀な『上澄み』ですよ」


「少佐。俺が言うのも何ですが、訓練学校でどれほど優秀だろうと、実戦経験がない者は戦場では算数すらできなくなります。話になりません」


「大尉。では、新兵が死んだ時、貴方はどうするつもりですか」



少佐が、いつもと変わらぬ笑顔のまま、しかし明確に試すような目で問いかけてきた。


「少佐。部品が摩耗した場合の補充申請を、参謀本部へ提出します」


少佐は何も言わなかったが、これは実務の上では、何の意味もない無駄な質問だった。



これまで大隊は度重なる激戦の摩耗により、ずっと定員割れを起こし続けていたのだ。通常の大隊であれば、三個中隊の三百名規模が基本である。


だが教導大隊は補充を一切受けられず、実質二百名規模の二個中隊にまで兵力が縮小していた。


そこへ新兵二百名を増員し、四百名規模の『増強大隊』へと書き換えたのだ。要するに、東部反撃作戦の質量に合わせて、兵力を操作しているだけに過ぎない。


だが同時に帝国に余裕がなくなり、熟練兵を前線へ補充できなくなっているということも完全には捨てきれない。



新兵たちに一人も犠牲を出さず、安全に実戦経験を積ませるのが理想ではある。だが、最前線において、無傷のままで一人前の軍人になれるなど不可能なことくらい俺でも知っている。


今回の新兵編入に伴い、既存の教導大隊の中から、特に経験豊富で打たれ強い何人かの熟練兵を、分隊長や小隊長へと昇格させ現場の指揮権を委ねている。


俺自身は彼ら一人ひとりの実戦能力など詳しく知らない。中隊長が実務を優先して選定してきた名簿に、ただ、機械的に承認印を押しただけではあったが。



真新しい制服に身を包み、泥一つ付いていない軍用長靴を履いた新兵二百名が、要塞へ着任した日。整列した新兵たちの中心から、代表に選ばれた一人の若者が、喉を張り裂けんばかりの声を張り上げた。



「街道大尉殿。英雄と名高い貴方の戦場訓をお聞かせください!」


実に見事な、教科書通りに美しく訓練された完璧な軍隊式の敬礼だった。


「新兵諸君。まずは貴殿らの国家への献身に敬意を表しよう。軍隊において上官の命令は絶対である。すなわち新兵諸君は、最前線において分隊長、小隊長である上官の命令にのみ盲目的に従いたまえ。それこそが戦友の命を繋ぎ、帝国の民を守る唯一の手段である!」


「はっ、了解いたしました大隊長殿!!」



新兵たちは、英雄と名高い俺の言葉を一言半句も聞き漏らすまいと、感動に肩を震わせながら真剣な眼差しで拝聴していた。


だが、彼らが盲信しているその『英雄・街道大尉』の正体は、参謀本部が民衆のために仕立て上げた、ただの虚飾の看板プロパガンダに過ぎない。


俺が今しがた口にした言葉には、彼らが期待しているような高尚な戦術思想や、国家への献身など、一滴も含まれてはいなかったのだ。



事前に叩き上げの中隊長から、「新兵は初実戦の恐怖のあまり頭が真っ白になって動けなくなる」という生々しい現場の不具合を聞いていたからこそ、考を放棄してでも命令を厳守させ、経験豊富な隊長格の指示に身体を動かさせるための、ただの安全装置だった。



(現在)帝国東部、第七大型開拓疎水そすい沿い。


入植した開拓団(屯田兵)が気の遠くなるような労力で草木をむしり、ようやく掘り返した乾いた赤土のただ中を、満々と水をたたえた大型開拓疎水が真っ直ぐに貫いている。


未開の大地に命を吹き込んだその大型開拓疎水は、今や両軍の進撃を物理的に拒む、天然の要害と化していた。



『技術教導特務大隊』と、砲兵二個大隊は、孤立した『赤旗国』軍の別動隊を敵主力へ誘導すべく、この開拓疎水に沿って静かに移動を続けていた。砲兵二個大隊は、その火力だけで牽制になる。


開拓疎水の水位自体は、現段階ではさほど高くない。しかし、規格通りに敷き詰めた切り立った人工護岸の斜面と、水底に深く堆積した粘り気のある泥のせいで、馬車による強行渡河は構造的に不可能であった。



ゆえに、この対岸に敵の大部隊が潜伏している可能性は低い――それが、このルートを仕様書に書き加えた理由の一つだった。


そしてもう一つの理由は、俺の駆る『蒸気機関式装甲指揮車』の燃費問題のためでもあった。



もちろん、戦地の開拓水路の水が、繊細な蒸気ボイラーの機械に優しいわけがない。鉱物や泥を大量に含んだ濁水をそのまま内部で使い続ければ、遠からず各機関の配管は缶垢スケールで詰まり、致命的な構造損壊を引き起こすことだろう。


しかし、膨大な質量(真水)の貯水槽を牽引して移動するよりは、その重量分の許容量をすべて動力源である石炭の積載に回し、水は疎水から「現地調達」してその都度、濾過する。



その方が、この乾いた荒地における装甲車の最大活動時間を極限まで拡張できるという冷徹な計算の上での選択だった。


装甲車の覗き窓から外を見れば、新兵特有のぎこちない歩調と、周囲のおぼつかない視線の警戒の仕方が嫌でも目についた。



実戦経験がほとんどないこの俺の目から見ても、彼らが「初陣」であることは一目瞭然だった。


敵が無能でない限り、真っ先に新兵が狙撃の標的にされるだろう。


そしてひとたび部隊に歩行不能の負傷者が出れば、部隊全体の進軍速度は著しく低下する。



さらに、その重傷者を安全な後方へと搬送(後送)するためには、五体満足な兵の中から護衛を抽出せねばならず、結果として部隊全体の戦力は連鎖的に漸減していくのだ。


中隊長の進言を取り入れ、古参兵に新兵を混ぜた配置にしたのは、おそらく正解だった。



――だが、最適化されたはずの戦場にも隙はある。敵は容赦なく突いてきた。


前方およそ二百メートル先、視界の開けた農地の一角で、不意に不穏な動きがあった。


すでに主力が退却して放棄されたはずの、木造農舎の薄暗い物置小屋の影から、突如として猛烈な小銃の不意打ちを受けたのだ。



数字は冷徹だった。死者三名、重傷一名、軽傷四名。犠牲者はいずれも新兵だった。対する敵兵二十七名は、激しい白兵戦の末に全員が死亡した。


事前に警戒は怠っていなかったはずだった。だが、広大な開拓地特有の地形の死角と、残敵掃討のわずかな不徹底が、この最悪を招いた。索敵の網に、決定的な漏れがあったのだ。



俺は、兵たちに、血にまみれた敵の死体の遺留品を調べさせた。


錆びかけた旧式の小銃、そして、中身が完全に空っぽになった革製の弾薬盒だんやくごう。それだけだった。


彼らは、弾薬の予備はおろか、自らの命を繋ぐための一粒の食糧すら携行していなかった。



おそらく、帝国軍と戦うつもりなど毛頭なく、あの物置の暗がりに身を潜め、息を殺して帝国軍が行き過ぎるのを、ただじっとやり過ごすつもりだったのだろう。


だが退路を完全に断たれ帝国の大隊(千名規模)の進路上にいる彼らは、いよいよ隠れ通せぬと絶望した瞬間、恐怖で暴発し死に物狂いで飛び出して引き金を引いたのだ。



現在、この戦線で下されている作戦方針は、「捕虜不保持・即時武装解除のうえでの解放」だ。最初から戦意を捨てて降伏してさえいれば、少なくとも、泥交じりの赤土にまみれて、銃弾で蜂の巣にされることだけはなかったはずだ。


だが、今となってはどちらの死体にも等しく関係のない話だった。



読んでくださり、ありがとうございました。

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