第137話:世界大戦 その二十八
帝国東部、第四超大型星型要塞、司令室。
「待機しろ。次の命令が来るまで要塞内から動くな。お前のために出す余剰の護衛兵力などない」
「はっ、中佐殿。ただちに要塞内にて待機いたします」
俺にとっては、これ以上ないありがたい命令だった。
この巨大な第四星型要塞自体が、今後の大戦の推移において本当に「絶対安全な場所」であるかどうかはともかくとして、この獰猛で極めて優秀な中佐殿が直々に睨みを利かせている拠点であるならば、少なくとも軍組織として完璧に機能している。
ただそれだけで、俺にとっては十分すぎる防壁だった。
要塞内での待機中、俺は中佐殿から、東部前線の最新の戦況を断片的に耳に挟むことができた。もちろん、全ての情報を大尉である俺に教えてくれるわけではない。
ただ、中佐殿は作戦地図の前で将官たちと交わしている会話から、――「お前が勝手に推測する分には、黙認する」――という態度を取ってくれていたのだ。
もし本当に俺に知らせたくないのであれば、背後に置かれた装飾品と化しているあの少佐が即座に割り込んで、冷たく横槍を入れて話を遮るはずだった。だが、少佐は黙ってこちらの様子を静観していた。
「設計屋。我が第四要塞の主力部隊は、赤旗国の大規模補給部隊へと合流しようとしている敵の別動隊の動きを抑え込んでいる」
中佐殿が地図の国境沿いの一点を指し示す。俺は仕様書の穴を突くように地図へ一歩近寄って尋ねた。
「中佐殿。失礼ながら、現在の部隊配置では、包囲から漏れた敵の部隊が、赤旗国軍の主力部隊の元へと合流・逃げ込めてしまいます」
「設計屋。こちらが、あえて『そうなるように』、網の目を緩めて敵を一点へと誘導しているのだ」
なるほど。すでに帝国の自走砲部隊が『赤旗国』軍の生命線である補給路を遮断しつつある。そして補給を断たれた主力部隊に対して、命からがら逃げ延びてきた「食料を持たない集団」を合流させるのか。
そうなれば、限られた食料、弾薬、医療品といったすべての物資が驚異的な速度で消費される。
それだけではない。完全な敗北と孤立無援の恐怖を植え付けられた敗残兵たちが、合流することで主力部隊の士気を一気に低下させ、組織的な狼狽を引き起こすことが可能だ。
「中佐殿。合流後の敵主力の規模は、どの程度になるのですか?」
「最終的には推定で三万以上になると予測されている。ただし、一気に大量の兵がなだれ込むと、敵主力も警戒して受け入れを拒否する可能性がある。そのため小出しに合流させるよう、後方から適度な圧力を与え続けている」
三万。この東部戦線の開幕時、敵第一波の総兵力は、およそ二万名だった。その数字と比べれば、今の数は前線主力だけで三万名へと増大している計算になる。
だが、決定的に違うことがある。彼らの生命線である補給路は、切断されつつあるのだ。部隊を維持するための兵站も情報も届かない。数だけの、空っぽの三万だ。
――三日後。
俺は、中佐殿に司令室へと呼び出された。その顔は、いつになく苦虫を噛み潰したような渋い表情を浮かべていた。
「……設計屋。貴様の『技術教導特務大隊』に兵が補充される。二百名だ。教導大隊は、四百名規模の『増強大隊』となる」
中佐殿が、不機嫌そうに人事の書類を机に叩きつける。
だが、書類に目を落とすと増強される二百名は実戦経験のない新兵だった。俺は思わず、「中佐殿、新兵ばかりでは、小隊隊長も中隊長も物理的に足りません」と食いついた。
「分かっている。だから第四要塞の部隊から隊長格を数名、貴様の大隊へと配置転換させる命令が私の所に来ている。……私が渋い顔をしている理由は、これだ。何故、新兵を貴様の部隊に配属させなければならんのだ。設計屋」
中佐殿の不機嫌の正体を理解した俺は、完璧な軍隊式の敬礼を捧げて黙り込むしかなかった。中佐殿が手塩にかけて育てた有能な指揮官を、俺の幽霊大隊の穴埋めのために強引に引き抜かれたのだから、八つ当たりされても文句は言えない。
しかも俺自身が、ほとんど実戦経験がない。そんな部隊に新兵が配属されることに割り切れないのだ。
そして、その人員補強と同時に『技術教導特務大隊』へ新たな下命が下った。
『赤旗国』の敵孤立部隊の誘導任務に組み込まれたのだ。そして作戦期間中は、第四要塞の精鋭、砲兵二個大隊(六百名)が指揮下に入ることになった。
正直に言って、これからの前線指揮は不安と恐怖でしかない。だが、参謀本部も、ただの事務方にすぎない俺を無策で死地へ放り出すような真似はしなかった。
特務大隊の専用指揮車として、新兵器開発部門から最新鋭の『蒸気機関式装甲指揮車』が配備されたのだ。
仕様書によれば、その車体は、近距離で陸戦砲の砲弾が爆発したとしても、その肉厚な鋼鉄装甲板の厚みと圧倒的な自重によって、内部の乗員の命を守り抜く設計が施されているという。
もっとも、近距離弾ならば外側に剥き出しのボイラーや駆動系は当然ながら一瞬で物理的に破損し、その場でただの「動けない強固な鉄の箱」となるのだろうが。
思い返せば以前、装甲馬車ごと砲撃(第119話)を受けた過去がある。あの時は、命こそ拾ったものの爆風の圧力で装甲馬車は破壊され、左腕に痛々しい怪我を負う羽目になった。
この鋼鉄の新型装甲車は、果たして大砲の直撃に対し、俺の脆い肉体を五体満足のまま守り抜いてくれるのだろうか。
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