第135話:世界大戦 その二十六
帝国東部、沿岸都市より三キロの陣地。
後方一キロに自走砲大隊。前方二キロには、中佐殿から借り受けた精鋭護衛二個中隊が、複合式大型機関銃による強固な陣地をすでに構築し終えている。
俺はその中間点に位置する突貫の仮設指揮所で、強行偵察隊から回ってきた報告書を精査していた。
――市街地に残っている部隊の中に、目立つ帽子を被った「政治将校」が一名潜伏している事実を確認。現時点において、敵陣地からの砲撃(重火器)の反応は一切なし。
「少佐。現段階で陸戦砲の反撃が一切ないということは、大砲の類を持っていない可能性が高いです」
「大尉。実際に全域を確認したわけではありませんし、単に砲兵が不足しているだけの可能性も否定できませんよ?」
「少佐。持っているなら、当たらなくても間違いなく撃ってきます。敵の武装は小銃のみである可能性が高いです」
敵の兵器が小銃だけであれば、圧倒的な射程と連射性能を誇る複合式大型機関銃を構えた二個中隊に対し、百名規模の部隊が正面から戦えるわけがない。陣地構築前に必ず撃ってくる。
もちろん、彼らが『合理的な損得』で戦おうとするならばの話だが。最大の問題は、彼らが合理的に戦うか、それとも思想的に動くかだ。
「大尉。政治将校を、どうやって排除するのですか」
「少佐。自ら目立つ位置に出てきてもらいます」
俺はただちに、後方の自走砲大隊へ単発の精密発射指示を出した。目標は街の手前の泥地。
三キロの距離であれば、観測気球がなくとも着弾確認が可能となる。初弾が外れたとしても、三発も撃ち込めば完全に数値を修正できる。
問題は初弾が街の中に落ちることだ。それだけは避けなければならない。
中隊長には、別途示を出した。砲撃の直後、敵の政治将校が目立つ場所へと露出してくる。そこを“対人複合式長銃”の精密狙撃によって、排除せよ、と。
中隊長は、なぜ砲撃後に政治将校(指揮官)が出てくることが分かるのかという目でこちらを凝視したが、何も聞いてこなかった。
彼らは中佐殿に鍛え上げられた極めて優秀な軍人であり、職務に忠実だ。命令であれば、どれほど不可解であろうとも必ず完璧に遂行する。
後方から蒸気自走砲の一門が咆哮を上げ、火を噴いた。
約四キロの放物線を描いて重砲弾は、計算通り街の手前の地面へと強烈に突き刺さった。凄まじい爆音が、数秒遅れて俺たちの仮設指揮所まで轟いてくる。前線の観測員から即座に着弾位置が上がった。――想定値より、五十メートル手前。
威嚇砲撃としては、十分な位置だ。二発目は敵に動きが無かったからで良い。
砲撃の開始から、わずか三十分後。中隊長から報告が届いた。
「街道大尉殿。敵、全員投降しました。百三名、全員です」
隣で書類をめくっていた少佐が、いつもと変わらぬ手つきで手帳を閉じた。俺は、報告の続き(詳細)を淡々と聞いた。
自走砲による砲撃が始まった直後、凄まじい衝撃と爆音に混乱を起こし、逃げ出そうとする赤旗国の兵士たちに向けて、大声を張り上げて怒鳴り散らし、銃口を身内に向けていた一人の男――『政治将校』がいた。
その男は、遮蔽物のない開けた街路の真ん中まで這い出てきたので狙撃が可能だったのだ。
そして、政治将校が崩れ落ちた後、指示通りの投降を呼びかけると、建物の窓から、赤旗国軍の魔導銃が一丁、泥の中へと投げ出された。
そしてそれを合図とするかのように、、一人、また一人と、残された百三名のしんがり兵士たちが全員、両手を頭の上に高く上げて、街路の開けた場所へと姿を現したという。
「……街道大尉殿。なぜ敵の指揮官が、遮蔽物のない場所に出てくることを、知っていたのでありますか?」
「中隊長。政治将校の役目は、二つあります。恐怖で兵士を縛り付けること。もう一つは鼓舞して戦意を高めること。兵士が崩れそうな状況では、後者を選ぶしかない。だから前に出る。それが最も合理的な選択だったのです」
中隊長は、深く言葉を失ったように黙り込み敬礼をした。
政治将校、彼らは単に理想を叫ぶだけの狂信的な集団ではなく、信頼の低い組織を効率的に操作するために設計された合理的な「監査役」でしかない。不信感を前提とした組織管理として極めて合理的だからこそ、俺には予測が可能だった。
その後、投降した百三名の捕虜の中から、しんがり部隊の実質的な現場責任者であった、煤と泥に汚れた下士官の男を一人だけ呼び出して直接話を聞くことにした。
背後から常に自分たちを監視し、生殺与奪の権を握っていた恐怖の政治将校が同席していないことで、下士官の男は怯えながらも、こちらの問いかけに対して比較的率直に話を聞くことが出来た。
彼ら赤旗国の重要な拠点である北部沿岸都市から、戦わずして海路からの撤退を余儀なくされた理由。それは、帝国の列車砲による一撃などではなく、『兵站の窒息』。
すなわち、前線へ届くべきはずの食料や物資が、彼らの本国から完全に届かなくなってしまったからだという。
下士官の証言は、それだけに留まらなかった。彼らの補給部隊が完全に全滅したという最悪の凶報と、この沿岸都市に向けて、帝国の誇る「数千名規模の大部隊」が今まさに怒濤の勢いで迫りつつあるという、絶望的な情報が同時に飛び込んできたのだ。
だからこそ、主力部隊は他の部隊へと合流するべく、海路脱出を図った。
俺は震える下士官を丁重に下がらせると、机へと向き直った。隣に立つ少佐が、地図の一点を指先でなぞりながら問いかけてくる。
「大尉。帝国軍の自走砲大隊による『補給路切断作戦』。その効果が末端にまで現れるには、まだ時間が掛かるはずです」
「少佐。この部隊も数千ではなく、七百名ですね」
俺たちが顔を見合わせ、静まり返った指揮所に冷たい答えが浮かび上がってくる。
それが意味するものは、単純で赤旗国軍の情報伝達網は、すでに機能していないということだった。敵は存在しない数千の兵に怯えて撤退したのだ。
そして、前進拠点となるべきこの沿岸都市にすら、本国からの食糧配給が届かないということは、『赤旗国』軍も限界が近づいていることを示唆していた。
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