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覇権国家計画  作者: 納豆
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133/136

第133話:世界大戦 その二十四


帝国東部、沿岸都市より十キロの陣地。


俺は命令書を、隅から隅まで三回読み返した。


記されているのは『技術教導特務大隊による、北部沿岸都市の強行奪還』。ただ、それだけだ。撤退する敵を追撃せよとも、そのまま見逃せとも書かれていない。作戦の開始時刻も、具体的な方法も、一切の記述が省かれていた。


最大の問題は、この空白だらけの仕様書(命令)に対して「誰が決定を下すか」にある。



書類の命令系統を紐解けば、この現場における最高指揮権は『技術教導特務大隊』に帰属している。だが、その大隊長は帝都におり、俺は一度も顔を合わせたことすら無い(第116話)。


つまりこの血生臭い最前線において、すべての引き金を引く役割は、大隊長副官であるこの俺(特務大尉)の双肩に丸ごと乗っかっているのだ。



「少佐。後方の自走砲大隊の指揮官も、そして貴方も、軍の階級の上では俺より上ですよ」


「大尉。命令書にそう書いてあります」


少佐は感情の抜け落ちた冷たい目のまま、同じ文字列を繰り返した。それ以上でも、以下でもない。


俺は諦め、第四超大型星型要塞の中佐殿からお借りしている、精鋭護衛中隊の指揮官たちを仮設指揮所(装甲馬車)へと招集することにした。



集まった中隊長は二名。どちらも国境の第四要塞で、赤旗国の十万の物量(第101話~)を相手に連日実戦を重ねてきた、叩き上げの歴戦の将校たちだ。


俺が昔から顔を見知っている気心の知れた面々ではない。だが、あの苛烈な中佐殿の直属として前線を生き残ってきた部下であるならば、その実戦実力は保証されている。


「単刀直入に聞きます。この沿岸都市の物理的な破壊を最小限に留めながら、この限られた部隊の命を確実に守り抜き、作戦を完遂することは、戦術的に可能ですか。貴殿らの武人としての本音を聞かせてください」



俺が淡々と問いかけると、二人の中隊長は不意に顔を見合わせた。あの『天秤双剣章』(第97話)を持つ“英雄・街道大尉”から、まさか直接このように泥臭い現場の戦術相談をされるとは思ってもみなかったのだろう。


驚きが露骨に顔に出ていた。だが、次の瞬間には彼らの表情は引き締まり、鋭い武人のそれへと書き換わった。


先任の中隊長が、重々しく口を開いた。


「街道大尉殿。諸兵科連合による段階的な前進こそが、最も確実かと愚考いたします。自走砲による予備砲撃を行い。その後、歩兵が前進し塹壕を固めながら、距離を詰めていく。安全を確保後に自走砲を前方へと押し出す。これを、一手ずつ繰り返すのです」


「……敵が海路からの撤退を開始していることは、考慮に入れましたか?」


「はい、街道大尉殿。だからこそ、慎重に往くべきなのです。退路を断たれ、撤退中の敵を追撃すれば、殿しんがりを務める部隊が玉砕覚悟で突撃を仕掛けてくる可能性があります」


「誠にありがとう。この東部前線の地獄を支えてきた、貴殿らの見識は非常に参考になった」


俺は一礼し、中隊長たちをただちに下がらせた。そうして、再び机の上の作戦地図へと向き直った。



後方の『蒸気機関無限軌道式自走砲』は、分厚い装甲板で全身を包んだ近代的な戦車などでは決してない。


ボイラーの冷却管や黒煙を吹く煙突は外側に生々しく剥き出しだ。近距離で集中的に狙撃されれば、機動能力を一瞬で失ってただの鉄の箱と化す。


不条理な命令書の優先順位を、俺なりに読み解いていく。


命令書には何一つ書かれていない。だが、参謀本部が最も恐れている最悪は、この最新鋭自走砲が敵に『鹵獲ろかく』されることだ。その次に恐れているのが、自走砲自体の『破壊』。


そして、都市の奪還は、後順位に過ぎない。だからこそ、上層部は俺の手に、『自爆起動権限』を握らせたのだ。


……おそらく、たぶん。どこにも確証はない。



自走砲が放つ巨砲の最大射程は、理論上は「七キロメートル以上」と聞かされている。だが最悪なことに、正確な弾着確認を行うための観測用係留気球が存在しない。


赤旗国軍の保有する陸戦砲の射程はせいぜい二キロ程度のはずだが、帝国がこの自走砲を秘匿していたように、赤旗国の側もまた、帝国の知らぬ近代兵器をこの沿岸都市にすでに持ち込んでいる可能性を、俺は否定しきれなかった。



「少佐」


俺は振り返った。少佐は何も言わずに、ただ俺をじっと見ていた。温度のない冷たい目だった。俺の思想を確かめるような不気味な目だった。


俺はその冷徹な視線の意味を考えようとした瞬間――。


「どうしましたか。大尉」


(……一瞬、白い部屋にいた気がする。そう、この世界に来た時の白い部屋だ(第1話)その感覚だけを思い出させた。)


「いえ、何でもありません。少佐」


自走砲を安全な距離に保ったまま、予備砲撃を行う。歩兵が前進して周囲の安全を完璧に確保する。


自走砲は、安全圏が確立された後にだけ、前方へと押し出す。護衛の中隊長たちが具申したこの手堅い順序であれば、自走砲が近距離で不意の脅威に晒され、鹵獲されるを最小化できる。



そして、敵がすでに海路からの脱出(撤退)を開始していることを考慮するならば、街そのものを焼き払うような砲撃は必要ない。


砲撃によって敵の防衛陣地機能だけを破壊し、歩兵が安全に突入できる状態の書き上げればいい。それが、俺にできる最も合理的な判断だった。



「予備砲撃を開始してください。目標は前方の敵陣地に限定します。市街地への直接着弾は極力避けること。自走砲大隊は、現在の防衛位置から動かさないでください」


少佐の表情は変わらなかった。ただ、冷たい目が、わずかに何かを確認したように見えた。


「了解しました、大尉」


砲撃命令が伝令を通じて後方の自走砲陣地へと走った。


数分後、大地が揺れた。


その振動だけで、俺はもう後戻りできないことを理解した。



読んでくださり、ありがとうございました。

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