第132話:世界大戦 その二十三
帝国東部、兵站拠点外縁。
最高機密の作戦命令書をすべて読み終えた俺は、まず手元の仕様書に並んだ数字を冷徹に確認した。
投入される『蒸気機関無限軌道式自走砲』は、全部で八個大隊。
そのうち五個大隊が、伸び切った赤旗国の補給路と補給隊への直接攻勢に投入される。残る二個大隊が、南方義勇兵(南部連合軍)一万と共に、赤旗国主力部隊の後方を物理的に遮断する『包囲網の壁』を構築する。
そして、『技術教導特務大隊』に与えられた任務は――赤旗国に奪われた、北の沿岸都市の強行奪還。
大隊に随伴する自走砲部隊が三百名。第四要塞の中佐殿から借り受けている精鋭護衛二個中隊が二百名。そして、度重なる摩耗による兵力の補充を一切受けられないままの教導大隊は、定員を大きく割り込んで現在二百名を切っている。
総兵力はおよそ、七百名。
「少佐。北の沿岸都市を現在占領している赤旗国軍の正確な兵力は分かりますか」
「大尉。現地の斥候から届いた最新の報告では、最低でも“千名規模”と推定されています」
沿岸都市は、それなりに防衛力があるはずだ。いくら自走砲による火力支援があるとはいえ、こちらが攻城側であることを考えれば、お世辞にも戦術的優位を確立しているとは言い切れない。
「少佐。なぜ俺が自走砲の自爆権限を持たされているのですか」
少佐はいつもと変わらぬ笑顔のまま答えた。
「大尉。それが必要だからです」
(……相変わらず全く答えになっていない。だが、詳しく言わないからそこ、逆に分かることもある)
俺は思考の中で、仮説を組み立てていた。
他の前線へ組み込まれている残り七つの自走砲大隊の副官の席にも、この俺と全く同じ『最高機密の自爆起動権限』を握らされた人間が付いているのではないか。
そして、その席に腰掛けさせられている者はたちは――全員が俺と同じ、元の世界の歴史を知る『異世界人』の可能性があるなのではないか、と。
理由は単純だ。自走砲が局地戦で敵に鹵獲されそうな状況を、誰よりも早く、最も正確に判断できるのは、この近代兵器の技術が何を意味するのかを知っている人間だけだからだ。
万が一、敵の赤旗国軍の側にも異世界人が潜んでいた場合、彼らはこの動く鉄の怪物の価値を瞬時に理解し、自軍の流血を厭わずに全力で実物を確保しようとする。
その敵の狙いに誰よりも早く気づいて自爆判断が出来るのは、同じ知識を持つ異世界人しか存在しないのだ。
これまで、帝国が異世界人をこれほどむき出しの戦場(最前線)に出したという話は、一度として聞いたことがなかった。
もちろん、異世界人の存在そのものが帝国の最高国家機密なのだから、作戦命令書に『異世界人を前線へ配置した』などと書けるわけがない。俺自身も書類の上ではただの陸軍特務大尉に過ぎない。
この状況が、意味するものは、二つ。
一つは、帝国には本当に余裕がどこにもないということだ。本来であれば、秘匿しておくべき貴重な異世界人すらも、作戦の防壁の要として最前線の泥沼に直接放り込まざるを得ないほどに、この世界大戦の過負荷によって追い詰められているという可能性。
そしてもう一つは、この『東部大反撃作戦』が、帝国の命運を賭けるに足るほどの、絶大な戦術的価値を持っているということだ。自走砲という最高機密を何が何でも守り抜くために、異世界人を安全弁として前線へ配置するだけの、絶対的な意味がある。
どちらの推測が正しいかは分からない。あるいは、その両方が真実(正解)なのかもしれない。
俺は、自分の命の価格を考えながら、手元の重い書類を静かに閉じた。絶対の命令であるならば、部品として従うしかない。それは嫌というほど分かっている。
――七日後。
沿岸都市までわずか十キロの地点に位置する境界線で、陣地工作を完了させつつあった。部隊に配備された四門の『蒸気機関無限軌道式自走砲』は後方に整然と展開し、その重厚な砲身を一斉に北の水平線へと向けている。
中佐殿からお借りした精鋭護衛中隊の面々は、その外周を固めるように土嚢を積み上げ、迎撃の十字火網を完璧に配備していた。
そこへ、斥候から、緊迫した最新の偵察報告が飛び込んできた。沿岸都市を占領していた赤旗国軍の防衛部隊が、港に停泊させていた小型巡洋艦、補給艦を使って海路からの「一斉脱出」を図り始めているというのだ。
現時点で、すでに数百名規模の兵員が乗船を完了したとあった。
俺は風に煽られる作戦地図を広げた。
参謀本部から下された下命書には、『沿岸都市の迅速な奪還』――とだけ記されている。敵の完全な「殲滅」とは、一文字も書かれてはいない。
つまり、敵が港から船で撤退してくれるというのなら、こちらは一発の弾薬も消費することなく街を無傷で奪還できる。わざわざ追撃して流血を強いる必要などどこにもない、という論理も成り立つ。
だが、今ここで見逃し、海を渡って逃げ延びた赤旗国の千の兵は、一体どこへ向かうというのか。奴らは本国へ戻って体制と兵力を補充して、再び帝国へと攻めてくる。あるいは別の戦場に補充されるかもしれない。
今この瞬間に彼らを無傷で逃がすことが、これからの戦略において一体どれほどの致命的な損害になるのか、事務方にすぎない俺の知識では、それを正確に判断することができなかった。
読んでくださり、ありがとうございました。




