第130話:世界大戦 その二十一
帝都へ向かう装甲馬車の車中。
西側の『環山連邦』軍が旧王都から全面撤退を開始してから二週間後、『技術教導特務大隊』に帝都へ帰還命令が下された。『豊浦王国』が安定した以上、俺がするべき任務は、もう無いと言うことだろう。
俺としては、安全になった『豊浦王国』内でインフラ整備や被害にあった村の復興を行いたがったが命令ならば、従うしかない。
馬車は激しく揺れている。街道整備が行き届いていないと言うことだ、馬車鉄道のルートが使えなかったのは兵士の輸送を優先させているからだろう。
俺は手元に積み上げられた機密報告書の束を、一枚ずつ事務的に処理していった。あの包囲された旧王都の内部で一体何が起きたのかは、現場を見ずとも、開示された書類の冷淡な行間を読めば大体の見当がついた。
『環山連邦』軍による同盟相手だったはずの『豊浦王国解放戦線』幹部たちの殺害。それに伴う、旧亡命貴族および旧王宮聖騎士団の全員拘束。そして、それらの身柄は戦後処理のために、『豊浦王国』政府の司法へと速やかに引き渡された、とある。
報告書には、血生臭い経緯などは一切書かれていない。書かれていないということは、公式の歴史の上では「書けない不都合な理由」があるのだろう。
帝国と『連邦政府』との間で密約の存在。それを暗に示唆する以上の情報は、この報告書には残されていない。
「大尉。何があったか詳しく知りたいですか」
正面の席で、少佐が獲物をいたぶるような薄笑いを浮かべて問いかけてくる。
「少佐。絶対に何も言わないでください」
俺は即座に、拒絶の意思を明確にして書類を閉じた。
そもそも現場で何が起きたかは、帝国の保護下にある『豊浦王国』政府の管轄だ。
俺は、何が起きたのかは一切知らないし、この先も徹底して無関係のままでいることこそが、俺の安全な隠居生活のために必要なことなのだ。
書類の続きによれば、戦後賠償の第一段階の仕様として、『豊浦王国』は『環山連邦』との間で関税を完全撤廃する包括的な自由貿易協定を締結した。
さらに連邦領内にある重要な鉱山の一部の独占取得権を獲得したとあった。対する帝国と彼らとの間の公式な賠償条件は、水面下の外交交渉の最中でまだ正式には決まっていない。
戦後賠償が決まるのが早すぎる。これらの内容も事前に決まっていたのだろう。
ただ、経済的な視点から見れば、これだけは明確に言い切ることができた。三国同盟の目的、西側諸国が帝国依存しない経済を作るために実施した強固な「ブロック経済」(第99話)は、事実上、完全に崩壊したのだ。
商業国『平水共和国』が中立を宣言して帝国に軍港を差し出し、大国『美州共和国』が戦線から撤退し、最後の内陸国『環山連邦』が事実上の降伏を選んだ。経済的な包囲網を維持する主体が消えたのだ。
馬車の窓の外を眺めれば、帝国の青々とした穏やかな田園風景が、何事もなかったかのように滑らかに後ろへと流れていく。数日前までの血生臭い戦場(前線)からは程遠い、いつもと変わらぬ、平和そのものの景色だった。
――数日後、帝都到着。
中央の大通りでは、定期馬車鉄道が時刻表の狂いもなく寸分の狂いもなく行き交い、市場には物資と民衆の活気が満ち溢れていた。
一大拠点『帝都複合娯楽施設』の巨大な入口には、一際目を引く新たな原色塗りの宣伝板(広告)が誇らしげに掲げられていた。
『――黒鉄の怪物、蒸気機関車、帝都にて初公開! 特別運行日程の入場券予約受付中。早期完売必至!』
俺が森の奥へ強行鉄路を敷き、巨大な列車砲が戦線を爆縮していた(第117話)間、参謀本部は、蒸気機関車を民衆を熱狂させるための娯楽として華々しく売り出すための商業準備を整え終えていたらしい。
周辺の宿場の予約がすでに埋まっているという話も、報告書に書き込まれていた。
(……まあ、極めて合理的な判断だ。新技術の存在を国家機密として隠し通すより、こうして華やかな娯楽として大々的に民衆へ公開し、『帝国は無敵である』という戦意を維持する方が、長期的な総力戦の兵站には圧倒的に有効だ。今後のさらなる線路延長の支持も得られやすくなる)
ただ、その華やかな蒸気機関車が、その裏では、本来なら要塞にしか固定できなかったはずの強大な巨砲を自由に牽引する兵器『超長距離列車砲』そのものであるという真実だけは――。当然、あの賑やかな宣伝板のどこにも書かれていない。
帝都参謀本部、特別監察室。
「街道大尉。お帰りなさいませ。新たなる下命が届いております」
見慣れたはずの特別監察室の執務室。そこで俺を待っていたのは、見慣れない顔をしたまだ若い陸軍の将校だった。
少佐は、現在上層部からの別任務に就いているため、今回は自分が代わりに命令書を届けに参上したとのことだった。嫌な予感がするが、軍の作戦をこれ以上深く知ろうとしてはいけない。
俺は諦めと共に、厳重な魔導封印が施された命令書を開いた。
――東部補給隊に配備された、新設工兵部隊への技術教導。
「……また教導か」
予想通りだ。開示された最新の報告によれば、南方諸国の『臨時義勇兵(実質的な南部正規軍精鋭)』の数は、ここにきてさらに三千五百名が追加増員され、その総勢は「一万名規模」まで膨れ上がっていたのだ(第113話・第114話)。
義勇兵という建前上、彼らの食料や弾薬などの兵站は、全て帝国が用意しているので、巨大な兵站拠点(物流倉庫群)が必要となる。
そして、その巨大なインフラを、既存の縄張り争いを無視して最短納期で突貫建設できる人間(部隊)が必要になる。――俺がこの安全な帝都の監察室から前線へ呼び出される理由は、そういう泥臭い役割の時だけなのだ。
俺は、手元の東部戦況報告書へと視線を落とした。そこに並んでいた数値は、もはや正気を疑う代物だった。国境線における、赤旗国兵の推定死亡者数は――すでに「六万名」を超えていた。
六万。
ほんの一年前、東部戦の開幕当初(第102話)に地平線を埋め尽くしていた敵の第一陣は、およそ二万名だった。
その実に三倍に達する命が、すでに消えている計算になる。だが、それほどの凄惨な大出血を強いられていながら、赤旗国軍の侵略の勢いは一向に衰える気配すら見せていなかった。
北の沿岸都市に加え、さらに内陸の都市が「二つ」敵の物量によって占領された、と報告書に記されていた。
帝国軍は、中佐殿の指揮のもとで『縦深防御(多層的な防衛陣地)』を維持して進撃の速度をなんとか鈍らせてはいるが、帝国の東部防衛線そのものは、質量の前に少しずつ、しかし確実に後退を続けていた。
この徹底した縦深防御の物理的な限界値がどこにあるのか。帝国の弾薬供給という兵站が、一体どこで窒息するのか。犠牲を払い続けている『赤旗国』の内政、一体いつになれば過負荷で自己崩壊を始めるのか。
この総力戦の行方だけは、何一つとして正確な答えを導き出すことができなかった。今の俺には、ただ与えられた目の前の突貫工事の仕様書を、生き残るために最効率で書き上げることしかできないのだ。
窓の外に目を向ければ、帝都複合娯楽施設の間近に迫った「黒鉄の怪物・蒸気機関車」の初公開イベントを熱狂的に呼びかける、宣伝広告の賑やかな声が風に乗ってかすかに聞こえてくる。
世界大戦の最中に帝国の民衆たちは、自分たちの生活を豊かにする新しい近代の乗り物の登場を、まるでお祭りのように心から楽しみに待っているのだ。
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