第129話:世界大戦 その二十
『豊浦王国』より沖合西二十キロ、快速巡洋艦・艦長室。
『平水共和国』西部港湾都市(軍港)の復旧工事に当てっていた、『技術教導特務大隊』は、『豊浦王国』の要塞軍港都市へと急行せよ、との下命を受け洋上を疾走していた。
現段階で公式な任務内容は一切知らされていないが、最新情報によれば、すでに『豊浦王国』内には、超長距離列車砲が配備されしつつあるという。
『技術教導特務大隊』が列車砲側ではなく、軍港都市へと直接向かわされているということは、列車砲を撃つための鉄路敷設ではなく、砲撃によって被害を受ける『豊浦王国』旧王都のインフラ復旧が目的だということだろう。
要するに参謀本部は、短期決戦に打って出ることを選択したのだ。
「大尉。貴方の独り言とは、違う結果になりそうですね」
揺れる艦長室の席で、少佐がいつもと変わらぬ笑顔を浮かべて語りかけてくる
「少佐。俺は、『そういう政治的な解決もあるかもしれませんね』と言っただけですよ」
超長距離射撃による大火力は、旧王都の三十万の民間人に甚大な巻き添え被害を発生させる。死傷者は数千人に及ぶだろう、だが、どれほど戦後に凄惨な爪痕を残そうとも戦いを「短期間」で強制終了させることが可能となる。
俺には、長期的な戦略は分からないが、西側に兵力を拘束されずに済む、というのもまた冷酷な軍事合理性の一つなのだろう
現在、『豊浦王国』の旧王都を幾重にも包囲している帝国陸軍三個師団(九千名)。そして彼らの莫大な物量を支えるための後方兵站部隊が、さらに数千名。
正確な配分情報は知らされていないが、東部の対『赤旗国』前線に数万名。北の比帆諸島戦線にも、少なくとも一万名以上は常時派兵されているはずだ。
帝国の総常備兵力は、およそ「十二万名」。国境沿いの各都市に配置されている屯田兵(開拓団)を集結しても十五万名程度。各前線への補充要員、そして帝都を守る警備兵を考えれば、帝国の兵力(人的資源)に余剰など無いのだ。
未だに全前線が窒息せずに維持できているのは、高性能な近代兵器の暴力が機能しているからに過ぎない。
逆に言えば、もしもどこか一つの戦線で弾薬の供給が枯渇した瞬間に、崩壊が始まるという、薄氷の上の絶対防衛戦であることを意味していた。帝国には、一刻も早くこの西部前線を解決しなければならなかったのだ。
――翌日。豊浦王国、要塞軍港都市。
案内された海軍の巨大集積倉庫の内部には、大量の食糧や医薬品といった生活救援物資が、天井に届かんばかりの質量で整然と積み上げられていた。
そして、それだけではない。これから引き起こされる短期決戦後に必要になる。大量の仮設住宅用建材、高性能小型ストーブ、魔導ランプ。
ここを出発する正確な日時は、俺たち現場の人間には一切伝えられていない。大規模な補給部隊が動き出せば、その物流量の動態から逆算して、敵に作戦決行日を予測されてしまうからだ。
「大尉。豊浦王国政府も承諾している作戦ですよ」
「少佐。政府は、それが合理的と判断したのでしょう」
(少佐も作戦内容を直接伝えてこないが、政府承諾と言うのだから予想どおりなのだろう)
他国の伝統ある旧王都を列車砲で砲撃し市民の犠牲を問わないという狂気の暴挙を、帝国が完全な独断で実行できるわけがない。
『豊浦王国』政府もまた、自国がこれ以上大戦の過負荷で引き裂かれる前に、一刻も早い停戦を熱望していたのだ。自国民の犠牲より国家を存続させる方を選んだに過ぎない。
――三日後。
旧王都の後方拠点へと進んでいた、大量の復興資材を積んだ補給部隊と『技術教導特務大隊』の元へ、緊急の伝令が届いた。
『――停戦命令。豊浦王国解放戦線の全幹部拘束完了、環山連邦軍、全軍撤退開始。技術教導特務大隊は、別命あるまで現位置に停止せよ』
『環山連邦』政府は、破滅の瀬戸際で、最後まで同盟の義理を通すか、それとも現実的に国家と精鋭六千の兵力を生き残らせるかの二者択一において――後者を選択したのだ。
「大尉。停戦命令です」
少佐が、いつもと変わらぬ感情の読めない視線をこちらに向けて告げる。
「これで都市機能を残せます。投資も無駄にならずに済みましたね。少佐」
俺は平然と答えた。だが、書類上「停戦」になったからといって、現場の物理的な危険が消え去ったわけでは決してない。
この大隊はただの補給部隊とはいえ、身を守るための強力な陸戦砲や機関砲部隊を多数同行させている。このまま旧王都へ向かって進軍を続ければ、現在進行形で撤退しつつある『環山連邦』軍と物理的に接近することになるのだ。
末端の兵卒にまでこの停戦命令が行き届いていなかったり、あるいは帝国軍への強烈な不信感から、偶発的な発砲を起こす可能性がある。
両軍が絶対に立ち入ってはならない明確な「非武装空白地帯」が未だ指定されていないということ自体が、電撃的な作戦であったかを如実に物語っていた。
結果として、帝国は列車砲による力ずくの短期決戦を完璧に準備していたが、その準備が完全に整う直前に、敵が降伏したということか。
いずれにせよ――これで、帝国の西側が起きていた最悪の戦況は、文字通り劇的に書き換えられる(変わる)ことになる。
西側三国同盟を事実上撤退させ、西部戦線を完全に安定化できれば、帝国は限られた人的資源と近代兵器の質量を、残された北の『自由比帆諸島』、そして東の『赤旗国』という二つの前線に集中させることが可能になる。
(……これで西の泥沼からは抜け出せる。だが、世界大戦の歯車は、まだ止まっていない。帝国がこの二正面を堪え切れれば、この国家は生き残る。堪え切れれば……)
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