第127話:世界大戦 その十八
『平水共和国』西部港湾都市。
『技術教導特務大隊』は現在、海軍建設工兵隊の教導に付いている。名目上は教導だが、実態は軍港機能を復活されるための突貫工事だ。
『平水共和国』軍が、帝国の保護国『豊浦王国』の国境線から全軍撤退を完了した一か月後。直後。帝国政府と『平水共和国』政府の間で極秘の和平会議が開催され、条約が締結されたのだ。
その条約のを極限まで簡潔に定義するならば――「港の主権(領土権)自体は『平水共和国』に残すが、そこを軍事・経済的に使う権利は帝国にある」――というものだ。
帝国は、わずか三時間で都市機能を消滅させた圧倒的な超兵器の優位を突きつけながらも、港の復興費を折半する。これは一見すると破格の譲歩と言える。
だがその実態は、帝国が西側諸国の海における新たな軍港・兵站拠点を持つと言う極めて強い実利があった。
この条約の締結に伴い、『平水共和国』は世界に向けて即座に「中立」を宣言。未だ旧王都に居座る『豊浦王国解放戦線』に見切りをつけ、戦線から完全に離脱した。
『平水共和国』の国際声明は、実に洗練されていた。
――『霧宮に亡命していた豊浦王国解放戦線は、正当な王位継承権を持たない、自国を追われた国際過激派である。彼らが現在の豊浦王国へ行った進軍は、他国の領土を不当に奪うための侵略行為に他ならない。
我が国が彼らと結んでいたのは、あくまで不当な侵略から互いの身を守るための防衛同盟である。従って、彼らの暴挙は我が国との条約の精神を完全に無視した“明白な条約違反の進軍”である』――と。
あくまで自分たちは同盟国を裏切ったわけではない。悪いのは条約違反をしたあちらの過激派(解放戦線)であり、自分たちは被害者であるという、完璧な公文書の上での名目を作り上げたのだ。
そして、その身勝手な条約違反に巻き込まれた帝国に対する戦時賠償という体裁で、この西部軍港の一部を帝国へ無期限で租借させることとなったのだ。、
また、三国同盟の一角『美州共和国』も撤退を開始した。国内世論が戦争継続を許さなかったのだ。
彼らの国内報道では、戦線離脱を、「自国の愛する家族の命を守り抜くための英雄的な決断である」と大々的に報道し、国際社会や自国民の世論を味方に付けるためプロパガンダを繰り返している。
――二週間後。新租借地となった『平水共和国』港内、指揮巨大艦の士官室。
二日前、平水共和国への圧倒的な砲撃作戦で旗艦を務めた『指揮巨大艦』の同型艦(二番艦)が、黒煙を吹きながらこの港へ堂々と入港してきた。
大戦が始まって以来、海軍は目立った戦果を上げていないと帝都では囁かれていたが、その真の理由はこれだったのだ。彼らは開戦以来、この常識外れの最新鋭大型砲艦や指揮巨大艦を着々と量産し数を揃えることに全資産を注ぎ込んでいたのだ。
「大尉。豊浦王国に関する、最新情報です」
少佐は、分厚い報告書の束を士官室の机の上に無造作に置き、微笑んだ。俺は差し出された報告書(戦況推移)を素早く精査する。
現在、旧王都を占領中の『豊浦王国解放戦線』と『環山連邦』の連合軍の兵総数は、歩兵を中心に三千五百。帝国西部の国境線を守っていた帝国陸軍の二個師団(六千名)が、攻勢に転じ旧王都へ向けて進軍を開始し旧王都を包囲した。
この世界において、もはや勝てない極限の状況下での「降伏」は、決して恥辱とはみなされない。むしろそれは、前線の指揮官にとって『兵の命を無駄に散らさないための合理的な職務』であると広く定義されている。
軍旗を巻き、使者を送って敵の司令官に「降伏条件の交渉(軍使派遣)」を申し込む。
万が一、その手続き(軍使)を無視して使者を殺害するような真似をすれば、明確な国際法違反として指弾されることになる。
帝国軍は旧王都を完璧に包囲し、まもなく合法的な降伏勧告を行うだろう。合理的に考えれば、『環山連邦』軍であれば、この勧告を受け入れて降伏する可能性が極めて高かった。
帝国としても、敵が解体されずに敗残兵となって潜伏し、終わりのない泥沼の不正規戦へと移行される不具合だけは、絶対に避けたいのが本音だった。
「少佐。『環山連邦』は降伏勧告に応じるでしょうが……『豊浦王国解放戦線』の亡命貴族は、絶対に無理(降伏しない)です」
『豊浦王国解放戦線』には、初めから『降伏』という選択肢自体が存在しない。彼らは、利益追求の合理性ではなく、思想で戦争を行っている。
彼らの戦争目的を考慮すれば、降伏などするはずがない。そもそも合理的な判断ができるなら、帝国が東の『赤旗国』との総力戦(第101話〜)で完全に疲弊し、国力が底を突くまで西側で息を潜めて待っていればよかったのだ。
「大尉。実は現在、『環山連邦』の外交官が、この艦に来ており政治的な落としどころを、協議中です」
少佐は、こちらの反応を値踏みして試すような冷たい目を向け、淡々と見つめてきた。
「……少佐。その手の情報は、俺に言わないでください」
(国家間の政策や、今後の戦略に関わる機密情報を俺に話さないで欲しい。どんな形で巻き込まれるのか、分かったものではない)
確かに、この沖合に厳重な警戒の元で停泊している指揮巨大艦であれば、完全な密室となり、他の三国同盟諸国(美州共和国など)に交渉の事実が漏れる危険はは万に一つもない。
帝国としても、無駄な弾薬や兵を消費する軍事決戦ではなく、政治的な調印だけで西の防衛線を片付けられるなら、その方が圧倒的に良いと思うのは当然のことだった。
『環山連邦』の外交官が来ているということは、連邦政府はこれ以上の流血を望まず、より有利に負ける方法を模索していると言うことだろう。
だが、それにもかかわらず、前線となっている『豊浦王国』の旧王都は、未だに占領されたまま解放されていない。
つまり――。
『環山連邦』の軍上層部は、帝国の兵力や新兵器を、未だに正確に把握できていない。
あるいは、海軍を持たず、四方を険しい山々に囲まれた内陸の要塞国家だからこそ、この遥か洋上から放たれる『超長距離艦砲射撃』により、軍港が一夜で消えるという恐怖そのものを認識できていないということなのか。
読んでくださり、ありがとうございました。




