第126話:世界大戦 その十七
俺は今、別の快速巡洋艦へと無理やり乗り換えさせられ、そのまま海路を北上して『豊浦王国』の要塞化した軍港都市へと向かっていた。
西側三国同盟の一角である『平水共和国』への壊滅的な砲撃作戦が終了し、主力艦隊は『白綿共和国』の帝国軍要塞港へと帰港した。
だが俺自身は、大佐殿によって『技術教導特務大隊の任務は未だ継続中である』という、どこまでも事務的な大義名分(名目)のもとに、そのままこの艦へと拉致同然で連れてこられたのだ。
「大佐殿。確かに本官に下された命令書には新造艦の技術実査とありましたが、あの『平水共和国』への爆縮作戦が完遂した以上、すでに今回の実査は終了したと判断するのが、合理的ではありませんか」
大佐殿は、煙草に火をつけ、大きく吸い込んだ後、爽やかな笑顔をみせた。
「街道大尉。今お前が乗っているこの快速巡洋艦も新造艦だぞ、任務内容に齟齬など何一つ存在しない」
(……言葉の定義の隙を突き、書類の上で全く同じようなことを俺自身がやってきただけに、何も言い返せない)
俺は静かに波を切る甲板の上で深く溜息を吐いた。
どこまでも消極的かつ前向きに計算をするなら、『技術教導特務大隊』に残っている二百二十名ほどの貴重な隊員たちに、この実戦的な「海上輸送訓練」を安全に経験させられたと思えば、そこまで悪い取引ではない。
今後の大戦の推移次第では、島嶼部への迅速な部隊展開を目的とした、大規模な海上輸送作戦や水陸両用作戦(強行上陸戦)が絶対に発生しないとは言い切れないからだ。
ただし、彼らの現在の練度に関しては、『未だ実戦投入には練度不十分である』と明確に明記しておかなければならない。
そうしなければ、参謀本部は、本当にこの大隊をそのまま最前線の強行上陸戦へ組み込まれる可能性があるからだ。俺の身の安全のためには、一瞬の油断も許されない。
――五日後。豊浦王国、要塞軍港都市。
実におよそ一か月ぶりとなる、待ち望んだ本物の「陸地」だった。俺は地に足がついた安堵も束の間、すぐに特別監察室の権限を用いて、この世界大戦の最新の戦況をかき集めることにした。
まずは、俺が去った後の東部前線の状況だ。
予想通り、いや、参謀本部の冷徹な予定通りと言うべきか。第五星型要塞の砲撃支援を失ったあの沿岸都市は、東の『赤旗国』軍の物量によって完全に占領されていた。
彼らはその沿岸都市を新たな前進補給拠点として組み込み、現在、北方の海沿いを通るルートでじわりじわりと進軍を再開しつつある。
しかし一方で、かつて『豊浦王国』の旧王都を完全に武力占領していた(第112話)、西側の三国同盟軍の陣営には、それを補って余りあるほどの巨大な不具合が発生していた。
――占領軍の主力であったはずの『平水共和国』の精鋭軍が、突如として旧王都からの全軍撤退を開始したのだ。
当然と言えば、あまりにも当然の帰結だ。
帝国海軍による、常識外れの超長距離からの艦砲射撃。それによって、わずか三時間足らずで本国最大の軍港と、その中枢たる都市機能が文字通り地図の上から一瞬で消滅させられたのだ
前線の彼らが最初に思い知らされたのは、――「自国の港は、安全ではない」――という、あまりにも非情な現実そのものだった。
これまでは、港に主力艦隊を温存し、周囲を頑強な沿岸砲台で守ってさえいれば、敵軍の海上からの上陸を完璧に防ぐことが可能だった。
しかし、水平線の彼方から五百キロ級の超重量砲弾が百発以上も降り注ぐ近代戦の戦闘教義を突きつけられた瞬間、彼らの誇る軍港は、ただの「逃げ場のない巨大な固定目標」へと一瞬で変貌してしまったのだ。
『平水共和国』政府は、自国の軍が戦う前に完全敗北したという冷徹な事実を突きつけられ、もはや他国の領土である『豊浦王国』の利権どころではなくなっていた。
自国の心臓部である首都と生存基盤を死守するため、全軍を挙げて本国へ逃げ帰るしかなかったのだ。
「大尉。書類の上では、『平水共和国』軍は撤退ではなく背後を防御するための『戦略的転進』である、ということになっていますよ」
少佐が、いつもと変わらぬ皮肉めいた無機質な笑顔で地図を指さした。
「少佐。公文書がどうであれ、物理的な結果としては同じことです」
軍事同盟における戦線からの事実上の無断撤退は、国際政治の上では明確な「外交的自殺行為」に他ならない。
今回、平水共和国が本国の危機を辛うじて乗り切ることができたとしても、残された他の三国同盟諸国から見れば、これは戦場での最悪な裏切り行為だ。
大戦の決着後、下手をすれば同盟国であったはずの国々から軍事介入を伴う強烈な報復制裁を叩き込まれる未来が待っている。
今頃、『平水共和国』の外交官たちは、三国同盟の最高会議の席で「あれは戦線離脱ではなく、帝国の包囲工作を防ぐための、高度な戦略的転進でる」と、必死に言い訳の外交交渉を続けていることだろう。
だが、同じく広大な軍港と沿岸都市を保有している西側の大国『美州共和国』も、決して他人事ではいられない。
このまま帝国の防衛線を強引に押し破ろうと『豊浦王国』への侵略を継続すれば、次に消滅するのは、自分たちの本国の港だ、と恐怖しているはずなのだ。
結果として、自前の海や港を持たない内陸の国『環山連邦』だけが、利権と焦燥感から強硬に進軍を継続すべきと同盟内で声を上げることになる。
歴史において、このような「同盟国間における埋めがたい温度差」こそが、盤石に見えた巨大陣営が内側から自壊していく崩壊の始まりになる。前の世界の史実でも、繰り返されてきた現象だ。
帝国の海軍司令部は――。
自軍の流血を極限まで抑え、一度きりの作戦で西側の戦局を、強制的に書き変えたのだ。
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