第125話:世界大戦 その十六
西部三国同盟――。
古き騎士道精神の伝統が色濃く息づく西側の大国『美州共和国』を中心に、全山を強固に要塞化した国境防衛国家『環山連邦』、そして海と大河を擁する商業国家『平水共和国』。
この強固な同盟陣営は、帝国への経済的依存を完全に断ち切るため、電撃的な輸出入の制限――すなわちブロック経済(第99話)に踏み切った。
だが、彼らの包囲網はそれだけに留まらない。裏では霧宮に亡命中の『豊浦王国解放戦線』とも秘密裏に軍事同盟を締結していたのだ。
解放戦線による、帝国の保護国『豊浦王国』への電撃的な進軍――それを合図に参戦条項が自動発動。三国同盟は『豊浦王国』、そして我が帝国へ向け、連鎖的宣戦布告を突きつけることとなった(第110話)。
――『平水共和国』より西へ、二百五十キロの海上。
二日前、俺たちは海上で『観測・指揮巨大艦』を中心とする主力艦隊と合流を果たしていた。
現在俺が乗り込んでいる帝国海軍最新鋭の大型砲艦は、砲身の長さだけで十メートルを超え、それを前後に一門ずつ配備した全長八十メートルに達する鉄の怪物だ。
だが、この艦隊の旗艦として中央に鎮座する『指揮巨大艦』の質量は、その砲艦のさらに二倍以上に達していた。
波を押し潰すような圧倒的な大質量は、歴戦の兵士であっても本能的な恐怖のあまり動けなくなるような、神がかったカリスマ性と不気味な畏怖を洋上に放ち続けている。
「街道大尉。残りの巡洋艦や駆逐艦の集結も、明日にはすべて完了する。これで作戦は予定通り開始できるな」
「はっ、大佐殿」
大佐殿は煙草の紫煙を深く吸い込み、巨大な旗艦を睨み据えながら、静かに、そして愉悦を隠さずに笑っていた。これからこの海で引き起こされるであろう凄惨な“悲劇”を、まるで楽しみにしているかのようだった。
情報漏洩を極限まで防ぐため、港を出発した後も、俺には作戦の真の内容は一切知らされていなかった。全貌を知ったのは昨日、あの指揮巨大艦と合流した後のことだ。
現在この海域に集結しつつある帝国海軍の数は、大型砲艦十三隻、護衛の魚雷駆逐艦四隻。
それはすなわち、帝国南部海軍が保有する主力水上艦が、ほぼすべてこの一点に集結することを意味していた。
「街道大尉。そう怯えたような顔をするな。国際法で問題ないことは、お前自身も書類で確認しただろう?」
「……はい、大佐殿。『平水共和国』および関連するすべての国家、民間商会へ対し、公式な手続きに則って事前に通達している以上、帝国に法的な非は一切存在しません」
――そう。国際法の上では、何一つ問題は無かった。
帝国の外交部は、敵国である『平水共和国』政府に対し、「帝国軍が洋上より攻撃を開始する正確な日時」を公式に事前通達済みなのだ。
その公文書には――『周辺の民間人に多大な影響を及ぼす恐れがある攻撃となる。貴国は指定日時までに該当区域の非戦闘員をすべて安全圏へ避難させよ』となっている。
帝国側は、「民間人を殺傷する意図(殺意)はなく、攻撃の目的はあくまで軍艦および軍事施設である」という人道的な姿勢を国際社会に表明している。
もし、この警告を無視して避難を怠り、結果として民間人に多数の犠牲者が出た場合、人道的な非難の矛先は「警告を受け取りながら自国民を見殺しにした」という不名誉な形で、すべて『平水共和国』政府側へと向くこととなる。
もちろん、事前通達を受け取った『平水共和国』の側も、無能ではない。攻撃日に合わせて、港の周囲にあらゆる大口径の沿岸砲台を急速増強し、迎撃用の精鋭部隊や防衛布陣を、今この瞬間も完璧に整えているだろう。
――それでもなお、この作戦は冷徹に決行され、そして恐ろしいほどの精度で成功する。
三日後、作戦決行日。
先行していた快速巡洋艦が、敵の沿岸監視艇を完全に撃沈したという戦闘報告を、俺は手元の書類で確認していた。
偵察の高速ヨット(斥候)からの最新情報によれば、敵である『平水共和国』の砲艦、巡洋艦は計八隻、港から二キロほどに停泊している。軍港の周囲には、こちらを警戒して多数の沿岸砲台が隙なく設置されているとのことだった。
帝国の主力艦隊が陣取ったのは――そこから遥か彼方、沖合十三キロの地点だった。
各艦がお互いの射線を邪魔しないよう、艦と艦の間隔は正確に五百メートルを維持している。すなわち、十三隻の最新鋭大型砲艦が一直線に並んだその「単縦陣」の全長は、実に六キロメートルにも達していた。
敵の防衛監視塔からは、十キロ以上も離れた水平線の向こう側に、不気味な黒煙を吹く巨大な鉄の塊が規格通り一列に並んでいる、としか見えていないだろう。さぞ困惑しているに違いない。だが、気づいたところでもう遅いのだ。
「街道大尉。間もなく定刻だ。甲板は危険だ、中に入れ」
「はっ、大佐殿。ただちに『装甲司令塔の最深部』の安全圏へ避難いたします」
この最新鋭艦に搭載された主砲の詳細な設計仕様までは聞いていない。だが、装填されたのは一発あたり「五百キログラム級」の超重量榴弾だと知らされている。
そんな狂気的な質量を、物理の法則を捻じ曲げて十キロ以上も離れた港湾都市へ叩き落とそうとしているのだ。甲板に残り続ければ、発射の際の凄まじい衝撃波によって、骨ごと肉を吹き飛ばされて即死することになる。
ガゴン、ガゴン――。
足元の鉄板から、重々しい振動が骨を伝って響いてきた。主砲を収めた旋回砲塔が、最終的な射撃方位の微調整を行っているのだろう。背後に佇む少佐が、愛用懐中時計を、そっと閉じた、まさにその瞬間だった。
──バァァァンッ!
艦体全域に張り巡らされた鋼鉄の装甲板が、一瞬にして外力に耐えきれず、劈くような大悲鳴を上げた。
空間を物理的に切り裂く超音速の衝撃波は、強固な隔壁をわずかに撓ませ、固定の甘い事務備品から順にその機能を奪っていく。
壁に留めてあった作戦図の書類は床へ滑り落ち、司令塔内の魔導灯は不規則な明滅を激しく繰り返した。
巨砲の反動を吸収しきれず、数千トンの艦体は右側へと大きく傾斜した。重心が一瞬にしてずれ、床面の慣性が、不意に俺の足元をすくうように襲いかかってくる。
この艦は、いま確かに近代戦という名の非情な物理法則の只中(渦中)にある。
それを俺たちに冷徹に告げるのは、兵士たちの勇ましい叫び声などではない。鋼鉄の構造物そのものがへし折れんばかりに発する、無機質な金属音の軋みだけだった。
──三時間後、硝煙の中でようやく砲撃が停止した。
実に百発以上の超重量弾が間断なく撃ち込まれたであろう、『平水共和国』の港からは、天を覆い尽くさんばかりの巨大な黒煙が立ち上っていた。
巨大指揮艦に係留されているはるか上空の観測気球からは、無機質な光信号だけが送られてくる。
『――すべての敵艦、および沿岸砲台の消滅を確認』
もっとも強力な主砲(大口径砲)だけに絞って、それを大量に運用する。近代戦の戦闘教義を知らない、ただ、それだけで、反撃の機会すらなく敗北するのだ。
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