第120話:世界大戦 その十一
帝国東部、第四超大型星型要塞。
本来であれば、身内の諜報員による重大な情報漏洩が発生し、敵の伏撃砲撃によって護衛部隊を含めた多数の損害を被ったのだ。
部隊の機密保持と速やかな再編成、および俺自身の戦傷治療のために、『大隊を一時的に戦線後方へ下げる』という、もっともらしい大義名分(理由)で公式な通達を発出したいところだった。
だが、『技術教導特務大隊』には、システム上の全責任を負うべき本物の「大隊長」が現場に存在しないのだ。
その結果、参謀本部直轄でありながら現場責任者が不在という、あまりにも歪で官僚的な組織の仕様書は、常に帝都からの次の命令を待ち続けることしかできない。
しかも、ようやく降りてきた命令自体にも具体的な指示は何ひとつなく、ただ『現場の判断において適切に対応せよ』という、責任転嫁の定型文が添えられているだけだった。
ただ、この状況化で、第四星型要塞の視察命令が出たのは、ある意味では怪我の功名(助かった)とも言えた。先の襲撃事件では、あの中佐殿から善意で借り受けた精鋭部隊に、多数の戦死傷者を出すという最悪の不具合を起こしてしまっていたからだ。
中佐殿に対しては、最大級の賛辞を盛り込んだ公式の公文書をすでに送付してはあるが、今後の実務を円滑に進めるためにも、ここは直接対面して話を執り行っておくべきだった。
「……来たか、設計屋。貴様、特務大尉へと二階級特進したそうだな」
司令室に足を踏み入れた俺を、中佐殿はいつもと変わらぬ、射抜くような鋭い眼差しで迎えた。
「はっ、中佐殿。ご無沙汰しております。先の襲撃事件に関しまして、お借りした御部隊に多大な――」
「何も言うな。命令を下したのはこの私だ。現場の損失の責任はすべて私が負う。……しかし、死んだ兵たちの名誉を完璧に守ってくれたことだけは、貴様に感謝せねばならんな。戦死した兵士全員への最高位の勲章授与を、“英雄・街道大尉”の名義で、参謀本部へ強力に後押し(上申)してくれたと聞いている」
中佐殿が、心なしかいつもよりわずかに声音を和らげて告げてくる。
(……俺の目的は、身内に諜報員がいて被害が発生したと言う、揺らいだ部隊全体の戦意をプロパガンダで強引に繋ぎ止めることで、その中で最も効果がありそうなことを、すべて試しただけに過ぎないのだが……。
この人に対しては、絶対に本当のことは言わない方が経済的に合理的だろう)
「設計屋。見ての通り、この第四星型要塞の自体には何の問題もない。だが――北の沿岸都市のすぐ近くに位置する、第五要塞は、すでに物理的な限界を迎えている。要塞の支援が途絶えれば、沿岸都市は陥落する。……貴様の知見で、何とかしろ」
「中佐殿。……いくら何でも、俺にそんな無理難題を突きつけられては困ります」
前線の指揮官である中佐殿も、参謀本部の公式な権限(命令)がない状態での独断の兵力移動――すなわち『無断派兵』など行えば、即座に軍法会議にかけられることくらい、百も承知のはずだ。
精々、特務大隊は『移動演習』という名目で現地へ向かい、この第四要塞の精鋭部隊は『威力偵察』という建前で動く。そうして、――「二つの部隊が、まったくの偶然によって、同じ時期に、同じ戦場で鉢合わせた」――という、ことにするぐらいだろうか。
なにより一番の問題は、敵と遭遇した時に、俺が戦闘指揮を取れないことにある。
――だが、最前線の指揮官である中佐殿も、当然この深刻な戦況をただ黙って眺めているわけではない。とっくに帝都の参謀本部に対して緊急の増援上申は行っているはずなのだ。参謀本部が、この決定的な過負荷を前に何もしていないわけがない。
例えば、後方に集結を完了したあの南部諸国からの臨時義勇兵――実質的な南部正規軍の精鋭六千名。普通の軍事常識で考えるならば、この巨大な人的資源は崩壊しかけている東部前線へ直接投入されると思われるはずだ。
だが、その裏で突貫で線路を施設すると言う『森の小国』への列車砲奇襲作戦も、完全に同時並行で冷徹に遂行されていた。
――俺には、そんな高度な地政学的戦略は分からない。どれが目眩ましで、一体どれが本当の本命なのか、書類の山からは未だに読み切ることができなかった。
「中佐殿。……あくまで私見としてではありますが、現在この東部前線において同時多発的に起きているすべての作戦は、参謀本部が描き上げた、戦術の一端に過ぎないのかもしれません」
俺が地図の上に指先を滑らせながら呟いた、その瞬間だった。
「大尉。貴方には、作戦を勝手に立案する権限など最初からありません。また、その作戦を後ろから評価する立場でもありません。……中佐殿。参謀本部、帝国は『覇権国家計画』の完遂のためにのみ駆動しています」
後ろに控えていた少佐が、珍しくあからさまな横槍を入れてこちらの言葉を冷たく遮った。
普段は壁の背景や煙草の煙と完全に一体化し、他人の縄張り争いには一言も語らず静観を決め込むこの男。だが、参謀本部の影と揶揄されるその双眸は、これまで見たこともないほどに鋭く、底知れない光を宿して中佐殿を真っ向から射抜いていた。
「少佐。『覇権国家計画』か……。了解した。私の絶対の責務として、この第四要塞の完全防衛のみを最優先事項として完遂する」
中佐殿は何かをすべて察したかのように低く応じ、深く椅子に体を沈めた。中佐殿も『覇権国家計画』は知っている(第30話)計画のためと言われれば納得するほかないだろう。
(……おそらく、少佐はすべてを知っているのだ。だからこそ、俺が余計な最適化を行う前に、具体的にはこれ以上の独断で第五要塞や西の沿岸都市へ手を出してシステムを壊さないよう、今ここで明確に釘を刺して止めてきたわけだ)
つまり、この特務大隊に下された第四要塞の視察命令の本質は、戦線を拡張するためではない。この絶対防衛線にこれ以上の不備や情報漏洩がないか、ただその防壁の強度を確認しろという意味だったのだ。
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