第119話:世界大戦 その十
帝国東部、義勇兵キャンプ救護所。
目が覚めたものの、まだ意識がはっきりとしていない。全身が激しく痛む。視線を落とせば左腕に巻かれた包帯が痛々しかったが、感覚からして見た目ほどの重傷ではないはずだ。
「目が覚めましたか、大尉。軍医の話では、数日間の安静が必要とのことですよ」
頬に医療用の白い綿紗を貼った少佐が、湯気の立つコーヒーを啜りながら、いつものように乾いた口調で伝えてきた。
「……少佐は、もう平然と動けるのですね」
俺は寝台に横たわったまま、枕元にあった簡易報告書に手を伸ばし、今回の損害状況を事務的に確認した
――指揮車(装甲馬車)中破。
――死者十七名。
――負傷者三十八名。
「……想定していたよりも、“損失”が大きかったようですね」
「大尉。貴方はこれほどの目遭いに遭っても相変わらず、一番最初に『被害の数字』を確認するのですね」
少佐の呆れたような言葉を、俺は笑って受け流した。
俺自身がこうして生きて怪我をしている以上、敵の襲撃という「過程」も諜報員の炙り出しという「結果」も、ある程度は予測できる。今この瞬間に俺が最も把握しなければならない未知の領域は、一体どれくらいの資源が摩耗したか、その具体的な数値だけだ。
簡易報告書をさらに読み進めていく。帝国軍内部に深く潜伏していた赤旗国の諜報員二名を完全に特定。その他、関係者と疑わしい者七名の身柄を拘束、とある。
事件――いや、あの局地戦闘までの経緯としては、決して複雑なものではなかった。
あらかじめ部隊ごとに流しておいた、俺の演習場所と視察場所。それが敵へと綺麗に漏洩し、俺たちは移動ルート上で完璧に待ち伏せされたのだ。
もちろん、周囲の警戒を行うための「斥候」は事前に放っていた。だが最悪なことに、今回はその斥候として送り出した身内の兵士そのものが、肉親を人質に取られた敵の諜報員だったのだ。
国境の密林に潜んでいた『赤旗国』の精鋭遊撃隊は、夜闇に乗じて少数で密かに侵入。俺たちの移動経路に向けて、小型の陸戦砲を複数、地面へと「不気味に秘匿埋設」させていたという。
そうして、演習開始というキャンプ全体の注目が最も集まる決定的な瞬間に、彼らは一斉に砲撃の引き金を引いた。放たれた砲弾は、見事な精度で俺が乗り込んでいたあの指揮装甲馬車へと着弾したのだ。
尋問記録によれば、襲撃に使われたその陸戦砲は、あの『森の小国』で敵に鹵獲されていた、帝国製の大砲だった。水平発射であっても、容易に五百メートルは飛ぶ高性能兵器だ。
命中と言っても、幸いなことに砲弾の直撃ではなかった。いくら肉厚な鉄板を張った装甲馬車とはいえ、大砲の直撃に耐えられるような大層な仕様は最初から施されていない。
あの車両の設計思想は、――『至近距離で大砲が炸裂したとしても、周囲に激しく飛び散る鉄の破片や凄まじい爆風の圧力から、内部の乗員の命を確実に守り抜く』――という、壁に過ぎないのだ。
「少佐。明日の昼に臨時集会を行います。なるべく多くの者が参加できるように手配してください」
「大尉。貴方は先ほど、絶対安静との診断結果を受け取ったばかりですよ」
「俺が、やった方が効果が大きいのです。……俺は明日まで寝ます」
俺は静かに目を閉じ、明日の演技の思考に入った。本当はやりたくないし目立ちたくもない。だが、『森の小国』での列車砲奇襲作戦が成功した直後の今、この身内の裏切りによる襲撃で前線の戦意や士気が下がるような不具合は、絶対に放置できなかった。
多少、慙愧の念を禁じ得ないが、帝国が勝ち残る確率を少しでも引き上げる。すべては、俺の安全で快適な隠居生活のために。
翌日、昼。
(……なるべく多く集めろとは言ったが、いくら何でもほぼ部隊全員が集まっているじゃないか。どうしてこうなったのだ)
突貫で準備されたであろう屋外集会場には、千名近くの凄まじい人だかりができていた。
もちろんキャンプの周囲では索敵巡回を行っている部隊もいるのだろうが、一般の炊事や生活実務を委託している元難民の民間人までもが多数、不安げな顔で詰めかけている
俺は、“生々しい血痕が付いたままの軍服”を身に纏い、左腕を吊った姿で重い足取りのまま壇上に上がった。
集会場の最前列には、あの第四超大型星型要塞から派遣され――俺の護衛任務に就き、襲撃を生き残った精鋭兵たちが整列している。
俺は強固な装甲馬車の中にいたので大砲の爆風から辛うじて逃れることができたが、彼らの部隊からは多数の死傷者が発生した。
俺は、静まり返る広場に向けて、喉が張り裂けんばかりの声で叫んだ。
「我が部隊の、そして我が帝国の誇り高き勇士たちよ! 敵の姑息な策略は完全に失敗し、この私は今、ここに生きている!」
「すでに耳にしている者も多いだろう。我が部隊は敵の卑劣な砲撃にさらされた。敵の狙いは明確だった。内部に潜む、国家を裏切った薄汚い諜報員の情報を使い――この私を暗殺し、お前たちの心をへし折ることだ!」
「だが! 敵の作戦は、今この瞬間、完全に崩壊した! 見よ! 私はこうして、お前たちの前に五体満足で立っている!」
――後から少佐に「素晴らしい、完璧な煽動演説でしたね。大尉」と皮肉混じりに拍手されたので、プロパガンダとしての費用対効果は一定以上あったようだ。
後から聞いた話によれば、俺の演説の内容は、第四要塞から派遣された百名の勇士たちが、自らの肉体を盾にして俺の命を救ったという美談。彼らが胸に抱いていた『国家への義務』と『忠誠心』は、我々と何一つ変わらぬ本物だということらしい。
最後の締めくくりに、「これより、敵に国家の義務の重さと、我々の怒りの炎を骨の髄まで叩き込む!」と叫んだ瞬間は、全軍が狂乱するほどの怒涛の大歓声だったらしいが、正直に言って俺自身は何を口走ったのか全く覚えていない。
あの軍医め、「ただの痛み止めの注射です」とか言っていたが、本当は理性を麻痺させて気分を異常に高揚させるような怪しい薬物(精神高揚剤)を混ぜていたのではないかと、今でも強く疑いたくなる。
読んでくださり、ありがとうございました。




