第118話:世界大戦 その九
東部義勇兵キャンプへ向かう、頑強な装甲馬車の車中。
「大尉。先ほどは周囲の目もあり詳しく説明しませんでしたが、次なる大隊の任務は、『義勇兵キャンプ』の内部に深く潜り込んでいる、敵の諜報員の特定になります」
激しく揺れる車内で、少佐が事も無げに最悪の不具合を告げてきた。
「少佐。あのキャンプにいるのは名目こそ義勇兵ですが、中身は南部諸国の厳格な正規軍の精鋭兵士たちですよね。いくら赤旗国の工作員といえど、そんな他国の軍隊の枠組みに今更入り込む余地などあるのですか?」
南方の連合軍は、大国である『白綿共和国』と『沼蛮国』を中心に、『水産国』や『資源国』が加わった総勢八千名規模の混成部隊だ。
しかも、各国が威信を懸けて拠出した最高峰の精鋭部隊で構成されている。確かに『赤旗国』から見れば、それらの資本主義国家はすべて体制を脅かす仮想敵だ。
だが、身元の明らかな他国の正規軍の階級組織に、外から工作員を滑り込ませるなど物理的に不可能なはずだった。
大尉。南部軍の兵士たちではありません。帝国側の志願兵としてキャンプに配属されている、元『赤旗国』国民の兵士たちの方です」
「……そっちですか」
俺は思わずこめかみを押さえた。
確かに、七年ほど前にも『赤旗国』から凄惨な弾圧を逃れた大量の難民が、この東部国境へ泥流のように押し寄せてきた歴史がある。
その際、俺の書いた仕様書(第45話)によって、「帝国軍の予備兵として五年間従軍すること」を条件に市民権を付与する制度を導入した。
そして、その五年の義務を終えた後も、生活の安定や忠誠心からそのまま帝国軍の正規兵として軍に残った者が、今や東部戦線には相当数存在している。
帝国の諜報部のことだ。彼らを正規兵として登用する際、身元や思想の背景は徹底的に調査・検閲しているはずだ。だが、それでもなお、長い年月をかけて潜伏していた「眠れる密偵」である可能性を、上層部は捨てきれていないらしい。
今回の列車砲による超長距離奇襲が、情報漏洩を極限まで防ぐために、あえて俺たちのような「制度のための幽霊部隊」と、最低限の兵だけで極秘裏に行われたのも、すべては身内の情報漏洩を警戒してのことだったのだ。
「少佐。つまり、『技術教導』の名目で諜報員を炙り出して特定しろ、ということですか?」
少佐は壊れた玩具のように、にこにこと笑うだけだった。
「大尉。任務は、諜報員の特定です」
――全く、この男とは実務的な話が通じない。
百戦錬磨であるはずの帝国軍諜報部が総力を挙げても未だに特定できない潜伏諜報員を、ただの事務方である俺に分かるわけがないだろう。参謀本部は、一体俺を何だと思っているのか。
いや、違うな。奴らの狙いは、俺の無駄に知名度だけが高くなってしまった『英雄・街道大尉』という強烈な看板そのものだ。
俺という格好の獲物をキャンプのド真ん中に放り込み、敵の諜報員が情報奪取のために「動く瞬間」を誘い出すための、ただの生け贄にするつもりなのだ。
帝国東部、義勇兵キャンプ。
本命である義勇兵――南部連合軍の主力部隊がここに完全集結するまでには、あと十日ほどの猶予があるようだった。
俺は、現在このキャンプに駐屯している帝国軍の歩兵三個大隊(九百名)に対して、『技術教導』を行うための作戦仕様書を書いていた。もちろん、俺に実戦的な戦術の『技術教導』などできるわけがない。
名目上の仕様は、現在の部隊の練度や技量を『英雄・街道大尉』みずからが厳格に視察し、その情報を参謀本部へ直接報告する、というものだ。
現地の大隊長たちからは「畑違いの事務方が今更何をしに来た」と露骨に嫌な顔をされたが、彼らも規律に縛られた軍人だ。参謀本部からの絶対的な命令であれば、不承不承ながらも従うしかなかった。
「少佐。俺の護衛……ではなく『支援部隊』は、一体いつ現地に到着するのですか?」
「大尉。明日の早朝です。あの第四星型要塞から、精鋭の中隊規模(百名)をわざわざ割いて貸し出してくれるそうですよ。中佐殿には深く感謝しなければいけませんね」
あの獰猛な中佐殿の直属部隊が来てくれるのであれば、護衛としての戦闘力はこれ以上なく安心できる。だが、次にあの人と面と向かって会った時に、一体どれほど鋭い言葉の刃を突きつけられるか分かったものではない。
(今のうちに、事務的な礼状だけは先に速達で送っておこう)
帝国軍諜報部の厳格な入隊試験を完璧にすり抜けたということは、最初から諜報員だったわけではなく、後天的に諜報員へと変質させられた可能性が極めて高かった。
例えば、本人は本物の元難民であり、帝国への忠誠心も本物だったとしても、「赤旗国(故郷)にまだ残されている大切な家族や親族」を奴らの秘密警察に人質として拘束され、――『我が国に有益な情報を流さなければ、お前の家族の命はない』――と、裏から非情に脅された場合などだ。
本人の思想がどれほど祖国を憎んでいようとも、肉親の命と天秤にかけられた瞬間、人間の精神というシステムは強制的に書き換えられてしまう。
全く気が乗らないし、本当のところは嫌で嫌でたまらない。だが、『英雄・街道大尉』を確実に暗殺するつもりなら、各部隊を回るこの視察中こそが、敵の諜報員にとって最大の好機(システム上の隙)となるはずだ。
あらかじめ、部隊ごとに内容の異なる「偽の視察日程表」を複数用意し、それぞれへ限定的に流す。
そうして、実際に敵の襲撃や情報漏洩が発生した場所から逆算していけば、どの部隊の身内に赤旗国の諜報員が潜んでいるのかを、確実に割り出すことができるはずだ。
俺というデコイ(生け贄)に喰らいついてくる不具合を、このキャンプの網の目で一網打尽にしてやる。
読んでくださり、ありがとうございました。




