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覇権国家計画  作者: 納豆
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117/122

第117話:世界大戦 その八


『森の小国』密林仮設前線基地。



実際は、基地と呼べるほどの大層なものではない。鉄のレールの最終地点を、粗末な塹壕ざんごうと防護柵、そして増援の歩兵大隊(三百名)が泥にまみれて守っているだけの、剥き出しの突撃陣地だ。



――キシキシキシ。

鉄のレールが重圧に悲鳴を上げる音が、大地を伝って不気味に響いてくる。二両目の『列車砲』が、ついにこの最前線へと到着したのだ。


蒸気機関車は、遥か手前の直線区間で疾走を終え、すでに動力を完全に切り、静かに惰性だせいだけで進んできていた。


そして、千メートル手前の緩やかな下り坂でわずかに加速し、その先の短い上り坂の抵抗によって、計算通り完全に停止した。



工兵部隊が手際よく巨大な車止めをレールへ設置し、続いて車両に乗り込んでいた砲兵中隊が、手慣れた動作で『列車砲』の巨体を地面へと強固に固定していく。



「大尉。レールの最終盤をあえて緩やかな上り坂(勾配)なのは、敵に位置を察知されないよう、直前で機関車の排気音や煙を出さずに停止させるためだったのですね」


「少佐。単に重すぎて物理的に『止まれない』からですよ」



蒸気機関車は、巨大な出力を生み出すことよりも、数千トンに及ぶ凄まじい慣性を安全に制御することの方が、圧倒的に難しい。


確実に停止させるには、連結されたすべての車両のすべての車輪に対して、同時に均一な制動ブレーキを掛けなければならないのだ。


もし機関車だけが力ずくで止まっても、後ろの貨物車や砲台車両が止まれなければ何の意味もない。連結器は一瞬で破断し、鉄の塊同士が激突して無残に脱線全壊するだけだ。



蒸気機関の研究自体は、俺がこの世界に来る遥か前(第9話)から始まっていた。それでも、実用的な蒸気ポンプ(第58話)の量産にようやく成功したのが、今からほんの五年前の話だ。


いくら帝国の科学技術が他国を圧倒しているとはいえ、複数の車両を同時に制御する高度な「空気ブレーキ」のシステムなど、この短期間で実用化できているわけがない。


だからこそ地形を強制的に上り傾斜することで止めている方法しかなっただけに過ぎない。



鉄路を複線(二列)にさせたことにより、持ち込まれた『列車砲』は二編成ある。そして、それぞれの列車が砲台車両を二両ずつ、計四両の火砲を牽引していた。合計四門。


本来なら、この倍は欲しいところだが、突貫で敷いたプレハブ式の粗悪なレールでは、これ以上の重量には耐えきれずに地盤ごと全壊してしまう。


参謀本部は、最初からレールの永続的な強度は完全に捨て、この一撃のためだけに、すべてを使い潰すつもりなのだ。



午後。

俺は、レールの最終地点から五百メートル後方に急造された、想定安全地帯の塹壕へと移動していた。


「大尉。定刻です」


少佐は、手元の愛用する懐中時計の針を見つめながら、静かに告げた。



――キィィィン、と鼓膜の奥へと鋭く刺さる、異常な高周波の金属音が密林の静寂を切り裂いた。


その直後。



ズドォォォォンッ!!!



大気が物理的に爆裂し、密林のすべての巨木がへし折れんばかりの凄まじい衝撃波が、俺たちの潜む大地を激しく突き上げた。


衝撃の風圧だけで、生い茂る葉が一瞬でむしり取られ、隠れていた鳥たちが一斉に空へと飛び出していく。



ここからでは遮蔽物のせいで、七キロ先の着弾地点は角度的に全く見えない。


だが、上空二百メートルに浮かんでる気球観測班のアルガン灯明滅信号は、――『初弾、命中』、そして『誤差修正』の数値を、冷徹に繰り返し伝えてきていた。


超長距離砲撃が狙う最初の本命目標。それは、赤旗国軍の最前線基地――彼らが何年もかけて国境の森を貫き、無限ともいえる物量を供給し続けていたあの巨大な『地下トンネル(第107話)』の坑口そのものだった。



一度撃てば、次弾の装填と再発射までに最低でも二十分はかかる代物だ。だが、この四基の巨大な鉄塊は、砲身が物理的に焼き切れるか、あるいは用意されたすべての残弾を撃ち尽くすまで、二度と止まることはない。


「大尉。現時刻をもって、『技術教導特務大隊』による『強行補給中隊』への技術教導の完了を、正式に確認いたしました」


少佐が、爆風の硝煙にまみれた手元で、事務的に手帳を閉じながら告げた。


「……そう言えば、俺の任務は、ただの『技術教導』でしたね」



書類上の命令と前線の凄惨な実態が激しく乖離かいりすることは、元の世界の戦史においても決して珍しいことではない。


もっとも、今回の列車砲の超長距離奇襲という作戦の性質上、その肩書きは、外部への情報漏洩を徹底して防ぐための名ばかりの目隠しに過ぎなかったのだが。


「少佐。これで本命のトンネルは潰せます。俺は、帝都の安全な監察室へ帰還ですか?」


「いいえ、大尉。『技術教導特務大隊』は、ただちに東部義勇兵キャンプへ向かい、補充兵と合流せよ――と、すでに参謀本部より次なる下命かめいが出ております」



少佐の張り付いたような笑顔に、俺はただ天を仰ぐしかなかった。

ほんの少しだけ期待していたが、どうやら安全な帝都での任務は、しばらくの間は天地がひっくり返っても用意されていないらしい。



読んでくださり、ありがとうございました。

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