第115話:世界大戦 その六
帝国東部、仮設『道の駅(PA/SA)』。
俺は特務大隊副官としての最初の任務である、『強行補給中隊』への技術教導――という名目の、突貫土木による「新線路敷設(線路建設)」を遂行するため、現地で中隊と合流を果たしていた。
合流の際、前線の若き中隊長は「あの“海の街道の英雄”街道大尉の大隊が、駆けつけてくれた!」と目を輝かせて熱狂していたが、本当に勘弁してほしい。お願いだから俺に過度な期待はしないでほしい。
「大尉。やはり東部前線の若い兵たちの間では、貴方の人気は絶対的ですね」
「……少佐。その虚像のおかげで現場の作戦が円滑に進むというのなら、実務上は何の問題もありません」
俺は並べられた図面に目を落としながら、冷ややかに返した。思い返せば十年ほど前まで、この東部全域には一万匹を超える凶悪な魔物が跋扈していた。
それを血を流しながら完全に討伐し、帝国の東部を安定させたのが、いま第四超大型星型要塞の司令を務めているあの中佐殿の部隊と、異世界人の勇者やエルフ、冒険者達だった。(第27話)。
そして、その討伐作戦の最中、中型魔物を最も効率よく一網打尽にする悪魔的な作戦立案をしたのが、書類上ではこの俺ということになっている。確かに完全な嘘ではない。
だが、あの作戦の真の目的(仕様)は、あまりに強大になりすぎた勇者の寿命を帝国領土内で使い切らせることだった。
結果として勇者は、味方の開拓屯田兵数百名を巻き込む形で凄惨に戦死した。その真相は、今でも国家の最重要極秘事項として、公式の歴史記録から綺麗に抹消されている。
「大尉。これより『強行補給中隊』との合流を完了とし、作戦の前提条件が整いました。参謀本部より託された『密封命令書』を開封し、内容を確認します」
少佐の引き締まった声とともに、強固な魔導封印が施された書簡が破られた。
この突貫土木作戦の初期段階は、軍の上層部でもごく一部の幹部しか詳細を知らされず、その全貌は俺にすら直前まで完全に伏せられていたのだ。
「……少佐。任務の具体的な内容は把握しましたが、これでは東部全体の被害が、取り返しのつかない規模まで一気に広がりかねませんよ」
命令書の文字列を一瞥した俺は、思わず額を押さえた。
現在も、北方に位置する港湾都市は『赤旗国』海軍の主力艦隊による激しい艦砲射撃を浴び続けている。地上への上陸こそ辛うじて水際で防げているものの、兵站が尽きれば、港がいつ物理的に崩壊するかは分からない。
だからこそ、俺はこの特務大隊の任務は、港湾都市への緊急補給か、あるいは南部諸国から届く『臨時義勇兵キャンプ』のインフラ整備だとばかり思い込んでいた。
しかし、命令書に記されていた本命の目的地は、――『森の小国』を縦断する、強行鉄道網の建設。
確かに、現在『森の小国』を電撃的に占領している赤旗国の大部隊(第107話)を何とかして押し返すことができれば、東部戦線において強制されている最悪の「二正面作戦(過負荷)」の片方を、根元からへし折ることが可能になる。
――だが、俺にはそんな大局的な国家戦略も、局地戦の戦術も分からない。
俺はただ、参謀本部が書き上げた冷徹な命令書に従い、最も効率よく線路を引っ張るだけのシステム部品に過ぎないのだ。
それにしても……この最悪の作戦名『緑林の墓標』という不吉すぎる名前は、一体全体どうにかならなかったのだろうか。
「大尉。命令書に書かれた納期は“二か月”です。工兵大隊と彼らの補給中隊を合わせても、実働兵力は四百名ほどしかいません。この人数で新線路を敷設するなど、普通に考えれば半年、いえ一年はかかりますよ」
軍において命令は絶対だ。そして、これは全貌の秘匿を義務付けられた極秘作戦。
「少佐。物理的に無理ならば、解釈を変えればよいのです」
要は、解釈次第だ。例えば、『森の小国』の手前である帝国内の土地で線路を引く作業に関しては、ただの公共インフラ工事であり、軍事作戦とは無関係であると言い張れる……はずだ。
「少佐。国境手前までの区間に関しては、周囲の街の土木ギルドや冒険者ギルドから高額で雇い入れます。屯田兵(開拓団)からも出せるだけの労働力をすべて吐き出させます」
「大尉。いくら予算の特権があろうとも、民間人を軍の極秘作戦に直接参加させるには、相応の法的大義名分が必要になりますが」
「少佐。これは軍事作戦などではなく、将来的に『森の小国』から避難してくる民間人のための人道回廊であり、戦後の新たな南方貿易ルートの先行新設です」
本当に気は進まないが、背負わされた『街道大尉』という偽りの英雄の名を最大限に使い潰し、高給を餌に大量の民間作業員をかき集める。
もちろん、昼夜を問わず帝国軍の精鋭が周囲を護衛するという、至極安全な仕事であると強調する。
――もっとも、警備上の理由から、工事が完全に完了するまでの二か月間、誰一人として現場の敷地から外へ抜ける(帰宅する)ことは一切許されない仕様になっているが。
……これは、けっして『強制監禁』ではない。軍として民間人の安全を最優先し、外部の危険から完璧に隔離保護しているだけなのだ
民間人を動員して帝国内のルートを突貫工事させ、特務工兵大隊と補給中隊の四百名は、先行して最も危険な『森の小国』の国境最前線へと進む。
参謀本部の命令書には、矛盾を孕んだ妙な記述があった。――「路盤の耐久強度はいらない。だが、可能な限り直線で敷け。曲線は極力緩やかにしろ」と。
問題は、国境へ近づき、密林へと侵入するほど、『赤旗国』の進撃部隊と物理的に遭遇する確率が跳ね上がる点だ。
さすがに敵も大部隊を密林の奥深くまで伏せているわけではないだろうが、斥候や遊撃部隊との戦闘は避けられない。
俺は、一刻も早く突貫工事を回すための、仕様書の作成に入った。
工兵大隊の護衛を担当する強行補給中隊が前衛を務める。夜間に少数の工兵が隠密に「強行偵察」と「即席塹壕の建設」を行い、夜明けまでに前線の防衛境界線を物理的に押し広げる。
日の出と同時に、予備砲撃および、軍用晩牛で複数の機関砲を最前線へ運び込み、即座に十字火網の防衛線を再構築する。
火力の傘で守られた本体の安全圏内で、線路の敷設と、資材運搬用の「轍コンクリート街道」の設置を完全に同時並行で進行させる。
現場の運用と戦闘は、すべて叩き上げの中隊長たちに任せる。彼らなら、仕様書を不備の調整し、“戦死者”が極限まで少なくなる方法で任務を遂行してくれる。
「大尉。轍コンクリート街道は、確かに短期間で施工可能ですが、その上を重い鉄のレールや資材を運べば、地盤沈下で瞬く間に物理的破損を起こしますよ」
「少佐。鉄道さえ開通してしまえば、轍コンクリートは破棄するので問題ありません」
二か月という極限の納期の中で、未知の目的地まで、ただ一本の強行鉄路を繋ぎ止めてみせなくてはならない。
これから俺が行うのは、華々しい戦果の計算などではない。――線路を「一キロ」延伸するごとに、一体何人の人間(部品)が摩耗して死ぬことになるのかという、無機質な計算(仕様書)だった。
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