第114話:世界大戦 その五
帝都参謀本部、特別大講堂。
中将閣下から直々に手渡された辞令には、ただ一言、――『軍制監に任命する』とだけ記されていた。
――軍制監。
そのあまりに聞き馴染みのない肩書きに首を傾げ、監察室の古い記録資料を何枚もひっくり返した。そうしてようやく見つけ出したその名称は、何十年も前の旧軍制の遺物であり、とっくに実務から消滅している死に体の古い役職だった。
だが、これまでの軍の組織図には存在しない、まったく新しい特殊部隊を既存の部署のくだらない縄張り争いから遠ざけ、参謀直轄として強引に成立させるための『隠れみの』としては、これ以上ない最高の発明(特権ポスト)と言えた。
軍制監としての俺の最初の任務は、「参謀本部直轄・技術教導特務大隊」の編成。
とは言っても、実際に俺がしたことと言えば、その辞令が出る数日前に、俺の専属護衛分隊を工兵隊の近代化訓練に参加させる、というありふれた申請書類に事務的に署名しただけだ。
それなのに、蓋を開けてみればどうだ。俺はなぜか、その『技術教導特務大隊』の編成を成し遂げた輝かしい功績の張本人として、――『特務大尉』へと、恐ろしいほどの速度で体よく祭り上げられていた。
そうして気がつけば、いつの間にかその大隊の「副官」の席へと勝手に腰掛けさせられていたわけだ。
(……だが、まあいい。これによって自由に動かせる裁量予算と、部隊への直接的な介入権限が劇的に増えたと考えれば、そこまで悪くない取引だ)
この官僚組織(軍)において、階級とは時に法律すらも簡単に凌駕する絶対の権威となる。たとえ『特務』付きの形骸化したものだろうと、大尉の肩書きがあれば、他部署の査定や煩わしい予算申請の手続きをすべて省略し、俺の独断で予算と物資を動かせる。
それに『技術教導』という美しい名目であれば、表向きの任務はただの新兵訓練だ。
最前線から距離を置き、これまで軍の上層部にお預けを食らっていた、俺独自の「“現代的なインチキ”を用いた運用試験」を安全に始めるには、これ以上ない最高の舞台だと言えた。
――しかし。
俺のそんな引きこもり予測を真っ向から裏切るように、新設された『技術教導特務大隊』に突きつけられた最初の公式命令は、あまりに血生臭い代物だった。
指示された目的地は、あの十万の命が溶けつつある地獄の東部前線。
そして下された本命の任務は――敵の包囲網を文字通り突っ切る『強行補給中隊』の技術教導。
それは教導などという生易しい任務では到底なく、燃え盛る最前線の死地を部隊と共に駆け抜ける、文字通りの強行軍の始まりを意味していた。
――東部へとガタゴト揺れながら突き進む、装甲馬車の中。
「少々遅れましたが、昇進おめでとうございます。大尉」
正面の席に座る男は、一部の将校たちの間であからさまに「参謀本部の影」と噂されている存在だった。言葉遣いこそ常に慇懃で丁寧だが、腹の底で何を考えているのかは全く見えない。
不気味な壊れた玩具のように笑う、などと揶揄されるのも納得の男。
元・中尉。そして今は俺と同じく、混乱に紛れて二階級特進し『少佐』へと這い上がった男だ。
「……中尉も昇進して、少佐になったのですね。俺は今回の特務大尉への二階級特進で、ようやく貴方の階級を追い抜いて、監視から自由になれると少しだけ期待したのですがね」
俺が露骨に嫌そうな顔で皮肉を返すと、少佐はただ目を細めてにこにこと笑うだけだった。
(この男……少佐の本来の任務は、帝国領内にいる異世界人の捜索と徹底した監視だ。帝都にいる時はふいにと姿を消して見かけない日もあるが、俺が帝都を離れて地方や前線へ赴く場合は、どんな泥沼だろうと確実に背後に付いてくる。
参謀本部は、俺を重要システムとして大切に保護しているのか、あるいは未だに国家の危険因子として生殺しの監視を続けているのか……判断に迷うところだ)
「大尉。そんなに邪推しなくとも、貴方が前線で直接、泥にまみれて部隊指揮を執るようなことはありませんよ。ご安心を」
少佐の言う通り、俺の戦闘実力や指揮能力が上層部に評価されたわけでは決してない。
三百名規模の特務大隊を新設するにあたり、ただの『少尉』のまま副官に据えてしまっては、軍の組織図や命令系統の辻褄が物理的に合わなくなってしまう。
単にシステム上の階級の数値が足りないから無理やり昇進させた、ただそれだけの事務的な話に過ぎなかった。
これまでは、俺が帝都の特別監察室で仕様書を書いても、それが各部署の検閲を経て前線の現場で実行されるまでには、どうしても時間差が発生していた。
ならば、いっそ俺を現場のすぐ近くに配置し、その直属の「実行部隊」を物理的にくっつけてやれば一瞬で仕様変更を反映できる――。参謀本部は、そんな力ずくの物理的な構造改革を図ったのだろう。
俺は、手元の最新の機密報告書を改めて精査していた。
「少佐。この南部諸国から送り込まれる『臨時義勇兵(実質的な南部正規軍)』、本当に八千名規模ということで間違いないのですか」
「ええ。寄せ集めの新兵ではなく、各国の最高峰の精鋭師団とのことです」
報告書の数字を指先でなぞる。
兵器や食糧といった兵站の大半は、帝国の財布から持ち出す仕様になっている。とはいえ、南部諸国がこの世界大戦において「八千の精鋭」を差し出してきたということは、単なる兵力の無償提供などではない。
彼らが自らの組織の維持や、将来の国家基盤そのものの命運すらも帝国へ丸ごと賭けた、文字通りの「背水の陣」であることを冷徹に物語っていた。
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