第113話:世界大戦 その四
帝都参謀本部、特別監察室。
西部から戻った翌朝。俺の机の上には、しばらく離れていた東部戦線からの報告書が、手つかずのまま山となって積み上がっていた。
中尉が、ただ冷徹な結果だけを告げる薄氷のような目を向けてくる。
「少尉。東部前線、第二星型要塞は、弾薬備蓄が完全に枯渇。防衛継続が不可能と判断し要塞の放棄を決定。守備隊は第四要塞へ向けて、すでに撤退を開始したとのことです」
東の国境線を守る要塞は全部で五つ。放棄された第二要塞は、第一要塞の補助的な役目に過ぎなかったはずだ。にもかかわらず、第一ではなく「第四要塞」へと合流を図っている。
第一要塞すらもすでに余剰兵力を受け入れる余裕がないのか、それとも中佐殿の指揮する第四要塞を絶対防衛線として守りを固めるつもりなのか。
「少尉。参謀本部から、新たな下命が下されました。国内における、他国軍専用の『特例駐屯区』の新設です」
「中尉。……南方の国々がこちらへ軍を派遣するのですね?」
「少尉。書類上の名目としては――『臨時義勇兵キャンプ』の設営ですね」
俺は何も言わず、差し出された分厚い仕様書の一番上の書類を手に取った。
帝国と南部諸国との間には、公式な軍事同盟(集団安全保障)は存在しない。だからこそ、この『義勇兵』という枠組みは、国際政治や外交上において極めて賢明で洗練された大義名分だった。
派遣元の南部諸国は、「我が国が公式に帝国側として参戦したわけではない、あくまで個人的な義憤により勝手に志願しただけだ」という完璧な外交的拒否権(言い訳)を得られる。
これにより、西側の『西部三国同盟』も、南方の国々に対して即座に報復の宣戦布告を突きつけることが難しくなるのだ。
通常、本当に「個人の善意で志願して集まった義勇兵」という形態を取ってしまうと、烏合の衆と化し、兵士たちの間で「嫌ならいつでも帰る」「自分たちは帝国の命令に服する義務はない」という甘えや統制の乱れが必ず生じる。
しかし、名目こそ『義勇兵』と美しく包装されているが、実態は南部諸国の「正規軍(師団)」の場合は違う。
中央での政治決着さえ終わっているのなら、現場の指揮官が帝国の駐屯区へ到着したその日から、何一つ無駄な調整を挟むことなく、彼らをそのまま星型要塞の防衛システムの一部として即座に組み込むことが可能だろう。
「中尉。東部仮設難民都市(第108話)の機能を全面拡張し、そこを『臨時義勇兵キャンプ』に再指定します」
「少尉。当然ですが、現在収容している難民を追い出すような真似はできませんよ」
「中尉。戦火の及ばない、さらに安全な最良の後方地域へと組織的に輸送するだけです」
これは、迫り来る包囲戦を見据えた要塞内の『口減らし(食糧消費の削減)』などではない。
怪我人や病人が最も安全な環境で健やかに過ごせるようにするという、帝国の崇高な精神に基づいた『人道的な救出作戦』である――と、世界に向けて公式に表明するのだ。
もちろん、健康で動ける貴重な労働力に関しては、民間のギルドや商社の指揮下に綺麗に組み込み、前線への物資搬送や陣地構築といった非戦闘・後方支援任務に完全に特化させて処理する。
そして、退役兵士再雇用支援局局長であるあのエルフ(第87話)と、俺がかつて救貧院に派遣した熟練の職人たち(第19話)をこの『臨時義勇兵キャンプ』にただちに召集する。
動けない高齢者や子供たちにも、座ったままで実行できる簡単な作業――例えば、軍需用の麻袋の縫製や、携帯食の梱包、防壁用の土嚢への土詰めといった軽作業の技術指導に当たらせるのだ
「しかし少尉。難民の集団移送と、南部軍(義勇兵)の受け入れ準備を同時に行うには、輸送用の馬車と御者が圧倒的に足りませんよ」
「……市場価格が一時的に乱れるでしょうが、今は仕方ありません。中尉。『白綿共和国』北部工場街から、民間馬車を力ずくで一斉に買い上げます」
白綿共和国の北部工場街(第65話)で最大手の運送ギルドや製造工場を握っているのは、帝国の民間商社だ。
あくまで一私企業が、自らの流通ルートをさらに強化するために市場の馬車を買い占めた、という経済活動の体裁を徹底させる。もっとも、表向きは民間商社が運営しているだけで、その実質的な株主(所有者)は帝国軍なのだが。
東の防衛は、帝国の生命線であり絶対だ。俺の持つ特別監察室の権限でシステムを書き換えられる領域ならば、すべてを戦時最適化してやる。
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