第112話:世界大戦 その三
帝国西部、保税倉庫。
俺は、安全で快適な隠居生活しか求めていないと言うのに、なぜこの世界はこうも戦争ばかりなのだろうか。
――車窓から見える喧騒を眺めながら、そんな答えの出ない意味のない愚痴を頭の中で転がしつつ、俺は西部戦線の後方に位置する、最大規模の兵站都市へと監察に来ていた。
参謀本部から下された新たな下命は、『保税倉庫の稼働状況を監察し、問題があれば速やかに適切に対応せよ』というものだ。相変わらず、具体的に何をしろとは一切書いていない。
「少尉。参謀本部の上層部からは、よほど全幅の信頼を寄せられているようですね」
「中尉。不具合(問題)が発生した際に、すべての責任を俺一人に負わせるための安全弁にされているだけですよ」
真意がどちらにあるかは分からないが、軍人である以上、命令には従うしかない。
要するに、この倉庫群を西部戦線の絶対的な防衛拠点として機能させるため、武器弾薬、燃料、医療品、保存食といった「戦時統制物資」の保管を最優先とする効率的な仕様書を書け、ということだろう。
さらに、損傷した不具合貨物や、戦火で引き取り手のいなくなった不要な一般貨物が貴重な空間を圧迫しないよう、超法規的な手続きで迅速に廃棄・処分できる臨時の行政システムを構築しろ、という意味なのは明白だった。
それに、どれほど国境に近い戦線後方であろうとも、俺に監察命令が出ると言うことは、少なくとも現時点で最低限の安全が確保されている(敵の電撃戦が届かない)という証明でもある。
参謀本部は色々と言いたいことがあるが、俺自身の価値に関しては、それなりに「替えの効かない重要なシステム部品」として評価されているらしい。
「少尉。この保税倉庫の問題に対し、具体的な施策はあるのですか。物理的に倉庫の数を増やすことは、軍の限られた予算と時間では不可能です」
「中尉。倉庫を増やす必要はありませんよ。要するに、ここに眠っている荷物を、合法的に一瞬で減らせば良いのです」
中尉は興味深そうに長いまつ毛を揺らした。
俺が仕掛けるのは、倉庫を圧迫している戦時統制物資以外の一般貨物――具体的には、茶、タバコ、砂糖といった「嗜好品」の関税を一時的に完全ゼロにする超法規的措置だ。
これらを一斉に国内市場へ吐き出し、急速に流通させる。これによって戦時下の帝国民の不安を和らげ、購買意欲を刺激して国内景気(戦時経済)を裏側から操作する『心理的マクロ経済政策』を実行するのだ
帝国には無敵の要塞と最強の海軍がある。だからこそ、お茶もタバコも砂糖もこれだけ安く、信じられないほどの物量で手に入るのだと国民に猛烈に宣伝する。
これにより、帝国民は「我が帝国にはまだこれほどの生活の余裕がある」という、疑似的な絶対の安心感を得ることができる。
「少尉。それは……『パンとサーカス』のような単なる目先の娯楽の提供では?」
「……中尉。これは、経済の統制管理と民心の安定化を両立させるための、高度な軍事・地政学的合理性に基づいた『兵站最適化戦略』です」
もちろん、この免税品を横流しするような不正や偽装を防ぐために、保税倉庫での全量目視検査の徹底と、流通先の厳選は必要不可欠だった。
倉庫の職員を一時的に増員し、すべての対象貨物に『戦時特別流通品(転売厳禁)』の魔導識別票を付与する。
その上で、これらの特例物資を、帝国が各地に整備してきた軍直轄の『道の駅(PA/SA)』の広大な流通網を中心に限定販売するのだ。
一般の税収こそ一時的に下がるかもしれない。しかし、軍直営の『道の駅』の直売利権と、免税による爆発的な消費効率の向上により、結果として軍の直接的な財政収入(軍費)自体は、戦前を上回る規模で確実に増加する。
倉庫の空間は一瞬で空き、軍の財布は潤い、民衆は歓喜する。見かけ上は、誰も損をしない仕様書だ。
それだけではない。この状況を外側から眺める第三国や中立国の商人たちからすれば、高関税を敷く『西部三国同盟』と、嗜好品の関税をゼロにして消費を爆発させている『帝国』、どちらの市場へ荷物を輸出したいかなど、言うまでもなかった。
――二週間後。
保税倉庫の最適化仕様書をすべて書き上げ、ようやく帝都の監察室へ戻ろうとしていたまさにその瞬間、緊急報告が飛び込んできた。
「少尉。『豊浦王国』の旧王都が、『豊浦王国解放戦線』と三国同盟の連合軍によって完全に占領・制圧されました」
「中尉。……これで、あちら側の陸上の補給路は、かなり強固に制限されることになりますね」
旧王都の占領自体は、完全に織り込み済み(想定内)だ。要塞化した沿岸の軍港都市への補給に関しては、海軍司令部が「海上輸送網の維持には全く問題ない」と言い切っている以上、俺ができることは無い。
三国同盟の国内では、「敵国の首都を電撃制圧した」と、輝かしい大戦果を堂々と宣伝していることだろう。
だが、王も政府機能も消え失せたただの“空き家”の旧王都を占領し、正当性を主張する連合軍の姿と。一方で、海岸の難攻不落の要塞都市へと遷都し、帝国軍と共に不屈の意思で「祖国奪還の時を待つ」と世界へ発信する正当な王の姿。
この二つの事実を並べた時、国際社会や現地の民衆が果たしてどちらの“物語”に真の正当性を見出すかは、説明するまでもなかった。
しかし――政治的には通っても、『豊浦王国』の局地的な地上戦において、帝国側が確実に「負け続けている」のは紛れもない事実だった。
もしも軍港都市の絶対防衛線が物理的に突破されて陥落した場合、二万五千の連合軍は、その勢いのまま確実に帝国の西の国境線へと牙を剥いて殺到してくる。
俺は、保税倉庫の荷物を吐き出させ、西で『内戦作戦』を起動するための兵站の準備はすべて整えた。
兵器の質も、兵站の回転率も、帝国が絶対に負けることはない。……無いはずだ。
読んでくださり、ありがとうございました。




