第111話:世界大戦 その二
帝都参謀本部、特別監察室。
「少尉。『豊浦王国』の守備部隊ですが、激戦の末に旧王都の防衛線まで後退したとのことです」
「中尉。圧倒的な物量差を考えれば、予想よりも遥かによく持ち堪えた(耐えた)方ですね」
西側の『豊浦王国解放戦線』が電撃的に宣戦布告(第109話)を突きつけてきてから、戦火はすでに二カ月もの期間に及んでいた。
現在の『豊浦王国』の一般民衆の視点から見れば、かつて王を守るはずだった「王宮聖騎士団(第52話)」や有力貴族は、帝国との戦争の恐怖から真っ先に敵前逃亡した卑怯者でしかない。
そんな連中が、帝国の資本によって豊かで平和になった現在の『豊浦王国』へ、今更「解放」などという都合のいい大義名分を掲げて戻ってきたところで、歓迎されるはずがなかった。
そもそも、帝国との間で戦争が勃発した原因(第33話)も、豊浦王国の国境警備隊が、帝国の「平和行進」を掲げていた非武装の民間慈善一団を一方的に虐殺(砲撃)したからだ。
――少なくとも、国際社会における公式の歴史記録の上では、完全にそうなっている。
そして帝国は戦後、この国を力ずくで占領・統治するような前時代的な真似は一切せず、莫大な『政府開発援助(ODA)』を速やかに実行した。
インフラを劇的に最新鋭化し、食料自給率を極限まで引き上げて民衆の胃袋を満たしてきたのだ。
だからこそ、侵略者である『豊浦王国解放戦線』は現地の民衆からの支持を全く得られず、今後の占領統治の計画を考慮するあまり、前線での乱暴な略奪(物資接収)も満足に行えない。
その結果、連合軍の自慢の進軍速度は目に見えて低下していた。
もちろん、西側の大国である『西部三国同盟』の連合軍によって、すでに武力占領された国境沿いの村々は存在する。
しかし不思議なことに、それらの村々では連合軍が入城した直後、井戸が毒で汚染されて使い物にならなくなったり、兵糧となるはずの備蓄食料庫が不審火でことごとく燃え落ちるなどの不可解な事件が多発していた。
俺はそのような非合理的な妨害工作の仕様書など一枚も書いていない。もし俺が、命令されていたなら破壊ではなく回収する仕様書を書くが、現地で誰がそんな焦土戦術を自発的に実行しているのかなど、俺は知る必要がないだろう。
「少尉。このまま前線が押し込まれれば、東部(第104話)と同様に、西側国境付近にも大量の避難民が押し寄せてくると予想されます」
「中尉。西側の国境地帯には、頑強な『屯田兵(開拓団)』の武装都市がすでに複数配置されています。難民キャンプを新設する必要は無いでしょう」
避難民は、その頑強な開拓都市の労働力としてそのままシステムに組み込んで処理すればいいだけのことだ。
――それにしても、『豊浦王国』の一般民衆たちは、俺の想定を超えるほどに「愛国心」という不確実な熱量を持っているようだった。
帝国領内へ命からがら逃げてくる者よりも、王が遷都を宣言したあの強固な沿岸の軍港都市を目指して、自発的に移動している避難民の数の方が圧倒的に多い。
かつての戦争では、飢えた彼らに大量の食料を運んできた帝国軍の方が、どちらかと言えば「救世主」として熱狂的に歓迎されていた印象だったのだが……。
いや、違うな。帝国の資本によって飢えから救われ、生活が豊かになったからこそ、彼らは今度こそ「自分たちの国(生活)」を守るために、侵略者に対して命懸けで戦う意志を宿したのだ。
このように「合理的な損得勘定」ではなく、予測不能な「感情」や「愛国心」で一斉に駆動する集団の動態だけは、俺の仕様書の上にはどうしても落とし込むことができなかった。
「中尉。今後、あの要塞化した軍港都市への補給は海路が中心になりますが、海軍司令部は一体何と言っていますか」
中尉は手元の書類に一度も目を落とすことなく、淡々と語った。
「少尉。海軍司令部からは、海路の確保および海上輸送網の維持については“全く問題ない”との回答を得ています」
北の北方海域には、『合衆国』の後ろ盾を得た『自由比帆諸島』の亡命海軍が展開しているはずだ。かと言って、南方の安全な海路を迂回するルートでは、前線への補給に時間とコストがかかりすぎる。
それでも海軍が「問題ない」と言い切るのだから、俺のあずかり知らぬところで、何か決定的な“別の防衛仕様”を仕込んでいるのだろう。
それに、現在帝国が抱えている戦線は西部だけではない。東部戦線では、いまだにあの『森の小国』の奪還すら完了していなかった。
帝国の最新鋭兵器をもってすれば、そんな密林の制圧など大して長い時間はかからないと踏んでいた。だが、目の前の現実では、『赤旗国』の突撃兵が文字通り無限と言っていいほど湧き出し、尽きることがないのだ。
――『赤旗国』の兵士は畑で取れる。そのように揶揄する者が居たが、今となっては全く笑えない最悪の冗談だった。
海の向こうの『合衆国』の本土に向けて、潜入させた密偵による「他国の戦争のために我が国の大切な血と税を流すな」という厭戦プロパガンダ作戦はすでに展開している。
だが、その効果が政治の表層に現れるまでには最低でも半年は掛かるだろう。今この瞬間の過負荷を止める特効薬にはなり得ない。
「少尉。参謀本部は、徹底的な遅滞防御によって敵を引き付け、限られた主力兵力を内側から迅速に回転させる『内線作戦』による各個撃破を、行うつもりのようです」
中尉は、俺の反応を試すような冷たい目のまま、こちらの出方をじっと見定めている。
「中尉。それは……俺が、事前に知っていても良い情報なのですか?」
俺が眉をひそめると、中尉はただ薄く笑うだけだった。
だが、その『内線作戦』の思想自体は、俺も机の上で全く同じ結論に達していた。近代戦の歴史を知っている異世界人であるならば、これほど全方位から多重の過負荷(連鎖的な参戦)を受ければ、この戦術しか残されていないことを当然理解しているはずだ。
三方を巨大な敵陣営に囲まれているからこそ、帝国は最新装備を誇る最強の即応軍を、いつでも動かせる形で「中央」に編成しておく。そして、西で火の手が上がれば即座にそこへ全火力を集中して叩き潰し、間髪入れずに今度は東へとその兵力を転進させるのだ。
敵の側から見れば、帝国を包囲するために兵力が広大な地平線に「分散」している状態。対する帝国軍は、常に全資源を一点に「集中」している状態。
このシステムを完璧に機能させることができれば、全世界を敵に回して総兵力で圧倒的に劣っていようとも、実際に引き金を引いて戦う“その瞬間”だけは、帝国が常に戦術的優位に立つことができる。
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