第107話:東方赤禍大戦 その八
東部第四超大型星型要塞、司令室。
「設計屋。赤旗国の戦略的な意図がどうであれ、まずは目の前に迫る地下トンネルへの具体的な対策が必要だ」
「はい、中佐殿。来ることがあらかじめ分かっているのですから、迎撃の対策自体は至極簡単です。地中爆破、水攻め、あるいは煙攻め。敵の坑道が掘られた場所に合わせて淡々と対応するだけです」
要塞の工兵部隊だけでは圧倒的に手が足りない。不本意ではあるが、南部の大運河工事(第71話)に従事させていた熟練の民間工員たちを、配置転換の名目でこの最前線へ従軍させるしかないだろう。
治水の本職である彼らの手腕があれば、敵の掘った大トンネルを逆に水浸しにする「水攻め」の成功率は跳ね上がる。爆破のための火薬設置や、窒息を狙う煙攻めの陣地構築も、一般の兵卒とは比較にならぬ速度で完了するはずだ。
だが、彼らはどこまでも「民間人」だ。この極めて危険な戦場での任務を確実に成功させ、かつ反発を未然に抑え込むために、仕様書へ特例の『着手金(前払い)』を盛り込む。
募集に応じた時点で、危険手当の半分をその場で現金支給、あるいは故郷の家族へ強制送金させれば、工員たちの「覚悟」と「帰属意識」は一気に跳ね上がる。
前線からは少し離れた位置の作業とはいえ、彼らが穴掘りに没頭できるよう、白兵戦用の精鋭歩兵を必ず専属の護衛につけ、「お前たちを死なせない」という姿勢を物理的に示すのだ。
「中佐殿。こちらの仕様書の引き継ぎを終えしだい、本官は再び、後方の難民キャンプに戻ります」
「……貴様は参謀本部直轄の監察室長だ。私の許可などいちいち要らん。帝国のために、勝手に動け」
――帝国のため。
正確に言えば全く違うが、結果としてそれが帝国の利益となっているなら、中佐殿の前であえて訂正を口にする必要もないだろう。
帝国東部、仮設難民都市。
後方で最も巨大だった難民キャンプは、いまや収容人口が七千人を突破し、もはや小規模な都市と化していた。それに伴い、軍の公式呼称も『仮設難民都市』へと格上げされたのだ。
難民キャンプを丸ごと要塞化し、前線への物資保管所(兵站拠点)として運営する手法は、過去(第42話)にも一度行っている。
あの時、帝国は帰化を希望する難民に対し、「帝国軍の予備兵として五年間従軍すること」を条件に市民権を付与する制度を導入した。
そして今、その制度によって晴れて帝国民となった元・赤旗国の住民たちが、かつての同胞を狂気から助け出すために自ら進んで協力を申し出ていた。
彼らの熱狂的な労働により、この仮設都市は当初の予測を大幅に超える速度で「要塞都市」へと変化しつつあったのだ。
「少尉。あれは七、八年も前の出来事です。貴方は、ここまで連動することをあの時点で想定していたのですか?」
統計書類をめくりながら、中尉が珍しく驚きを孕んだ目で問いかけてきた。
「……いいえ、中尉。流石にそこまで先を想定するのは物理的に不可能です」
俺はただ、元の世界における食糧生産の仕組みや物流網の構築、あるいはプロパガンダといった、“現代的なインチキ”を知っているだけに過ぎない。
現代知識を持っていない牧歌的な相手なら、局地戦は勝てるだろう。だが、敵に長期的な戦略眼を持った国家(異世界人)の場合は、都度、その場で最適解を絞り出して泥臭く対応するしかないのだ。
それでも帝国が周辺国に対して常に圧倒的な優位を保っていられるのは、参謀本部や海軍司令部にいる、国家機密指定された異世界人――。本当の専門知識を持った者たちのおかげだろう。
(……だが、敵の異世界人がこれほどの多重の過負荷を仕掛けてきている以上、この難民都市にも必ず何か最悪の『不具合』を仕掛けてくるはずだ)
俺の知識ではまだ読み切れない。ならば、少しでも現場の近くに身を置き、不具合が発生した瞬間に即座に対策の仕様書を叩き込めるようにしておくしかないのだ。
深夜、配給用の食料庫の一つが突如として激しい炎を上げた。
駆けつけた警備兵が必死の消火活動にあたる中、別の区画では「あの一家は敵の密告者だ」という出所不明の凶悪な流言が、難民たちの間を瞬く間に駆け巡っていたという。
緊急の身柄確認の結果、火元付近にいた数名の「難民」が拘束された。彼らの所持品からは、赤旗国軍が使用する標準規格の発火具が発見された。
被害は食料庫一棟の焼失と、軽傷者数名。致命的な打撃ではない。だが、完璧な人道性を誇っていた難民都市の土台に、不穏な亀裂が走った決定的な瞬間だった。
「少尉。難民を受け入れる際の身元確認や荷物検査を、今よりも徹底すれば防げるのではないですか?」
「中尉。それは出来ませんよ」
俺は報告書から目を上げずに即答した。
――偽装難民。
時間を掛けて厳密に審査すれば防げるが、その審査の行列に並んでいる間に、飢えと冬の寒さで国境線に無数の死人が出る。
そうなれば帝国の『人道』という美談は崩壊するのだ。敵の異世界人は、帝国が決して捨てられないその弱点を、恐ろしいほどの正確さで狙い撃ちにしてきている。
国境への大規模な物量侵攻、海路からの攪乱上陸、第四要塞への地下トンネル、そして働けない大量の難民を押し付け、その後に内部から難民都市そのものを自壊させようとする多重の不具合。
赤旗国の作戦は、確実に帝国の兵站を消耗させていた。
――七日後。仮設難民都市、司令室。
全難民の名簿登録という膨大な事務処理がようやく終わろうとしていたその時、耳を疑う緊急の暗号報告が飛び込んできた。
「少尉。東に隣接する『森の小国』の北部国境地帯一帯が、赤旗国軍の電撃侵攻によって完全に『制圧』されました」
「中尉。……開戦の報告ではなく、すでに『制圧』されたという報告なのですか?」
『森の小国』に帝国が設けた施設は、名目上こそただの訓練施設だが、実態はそれなりの規模の防衛部隊が常駐しているはずだ。にもかかわらず、戦闘の進捗報告を挟む余地すらなく、一瞬で『制圧』されたという。
ならば、国境を越えてきた赤旗国軍は、これまでの波状攻撃とは比較にならぬほどの大部隊ということになる。
その報告書には、現地の偵察部隊が命がけで発見した、ある「異様な構造物」の記録が添えられていた。
制圧された訓練施設近くの地下に、巨大な地下トンネルの坑口がぽっかりと口を開けていたのだ。
そのあまりの規模と内部の老朽具合から、今回の開戦時ではなく、何年も前――それこそ、最初の難民が発生した数年前(第41話)の頃から、国境の山を貫く掘削が極秘裏に始められていたと推定された。
「少尉。帝国と『森の小国』の間に、公式な軍事同盟関係はありません」
「中尉。軍事同盟は無くても依存関係があります」
経済的・インフラ的な相互依存関係で雁字搦め(がんじがらめ)に縛り上げている以上、帝国は『森の小国』を見捨てるわけにはいかず、必ず救出のための増援軍を派遣せざるを得ない。
こにきて、赤旗国が帝国へ仕掛けていた巨大な設計図の一端がようやく姿を現した。
奴らの目的は、東部要塞の攻略そのものではない。帝国に対して、同時に複数の独立した戦線を強制すること。これこそが、帝国の兵站を窒息させるための、奴らの『仕様(総力戦)』の本質だったのだ。
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