第104話:東方赤禍大戦 その五
東部第四超大型星型要塞、前線観測区画。
複合式大型機関銃は、今日もただ機械的に鳴り続けている。地平線の黒い泥流は減ることなく、その下にはまた新たな死体の層が積み重なっていく。だが、その凄惨な光景を語るのは、もう俺の役目ではなかった。
「少尉。参謀本部から新たな下命が届きました。後方に新設された、難民キャンプの設営監察です」
「中尉。また、難民キャンプですか……」
俺は要塞の管制室を離れ、後方に急造された難民受け入れ拠点へと配置を移されることとなった。しかし毎度のことだが、各地で紛争が起こるたびに俺が難民キャンプの設営を担当させられている気がしてならない(第41話など)。
名目上は『監察』や『教導補佐』だが、実態はただの何でも屋だ。
「設計屋。貴様は、あの凄惨な殺戮機械を作る一方で、このような『人道的』なこともできるのだな」
難民キャンプの視察のためだけに、わざわざ後方まで足を運んできた中佐殿が、冷ややかな皮肉を投げかけてくる。
もちろん、最前線の指揮を放り出してきたわけではない。要塞の防衛そのものは、前話(第103話)で俺が構築した「交代制と自動防衛のシステム」によって、いまや勝手に回り続けている。
だからこそ、中佐殿のような優秀な武人ほど、次の問題――“動く戦場”の外側――に目を向ける余裕が生まれるのだ。
「中佐殿。帝国の生産力をもってすれば、食料そのものに不足はありません。最大の問題は、それを“届ける力”です」
馬車鉄道の輸送容量、馬車の台数、そして御者の人員。そのすべてが有限であり、すでに前線への最優先事項である「弾薬補給」と激しく競合していた。
さらに、仮設住居の数、暖を取るための薪の量、医療班の絶対数も、増え続ける難民の数に対してまるで追いついていない。
そして何より最悪なのは、今まさに押し寄せてきている難民の「構成」が、最初の想定から大きく変質してしまっている点だった。
当初は、俺の対プロパガンダ戦に釣られた脱走兵や、自立して働ける頑健な成人が中心だった。
だが、今は違う。歩くことさえ困難な老人、重度の栄養失調に陥った病人、砲撃で四肢を欠いた怪我人――すなわち、“労働力(兵器)に即座に変換できない人間”ばかりが、国境を越えて泥流のように押し寄せてきているのだ。
「設計屋。難民すべてを受け入れるのは無理だ。まずは動ける者を優先して収容し、動けぬ者は後回しにすべきではないのか」
中佐殿の提案は、逼迫した戦場の合理性としては確かに正しい。だが、俺はそれに頷かなかった。
「中佐殿。帝国は、いかなる時も『人道』を大義として掲げています。動けぬ者を見捨てた瞬間、帝国の掲げる大義は根底から崩れ去るのです」
西側の『西部三国同盟』が経済の鎖で帝国を包囲し、東の『赤旗国』が思想の狂気で自国民の命を消費する中、帝国だけが持つ唯一無二の強力な“物語”――それが、いかなる弱者も見捨てない洗練された近代国家という看板だった。
この国際的な信用を自ら手放すことは、戦力や物資の損失以上に、国家の命取りになる。
「口で言うのは容易いが、現実の兵站は有限だぞ。一体どうするつもりだ」
「中佐殿。動ける者には、仕事を。動けぬ者には、役割を与えます」
健康な難民は、これまで通り後方の農場や物資集積キャンプの労働力として組み込む。すでに要塞で効果を上げている対プロパガンダ戦の特殊部隊への志願も、ここから大規模に募ればいい。
そして、動けぬ老人や病人には、キャンプ内での徹底した“軽作業”――衣服の繕い、子供の見守り、炊事の手伝いといった、わずかでも自尊心を保てる役割を与えるのだ。
これはインフラ効率の最適化であると同時に、難民自身に「自分はまだ価値のある人間だ、この国に必要とされている」と思い込ませ、暴動を防ぐための、極めて安価で効果的な精神的処置でもあった。
――三日後。
帝都新聞の従軍記者がこの難民キャンプを訪れた。
「英雄・街道少尉殿。なぜ貴方は、最も手のかかる老人や病人を、最優先で手厚い仮設住宅と医療班へ割り当てたのですか?」
「彼らは、自らの足で歩くことも、自らを守ることもできません。だからこそ、最も手厚い庇護が必要だと判断しました。それこそが帝国の掲げる人道です」
記者は感動に目を潤ませ、何度も激しく頷きながら、手帳に熱心に何かを書き込んでいた。
俺は、一言も噓は言っていない。
人間は、自分の親や子が手厚く保護されていなければ、異国の軍隊に心から協力などしない。動けぬ弱者を徹底して優遇することは、結果として、その背後にいる「動ける健康な家族」から、より多くの熱狂的な労働と、赤旗国の内部情報を引き出すための、最も合理的な投資なのだ。
中佐殿は、そのやり取りの様子を後ろから黙って見ていた。記者が満足げに去った後、ようやく重い口を開く。
「……設計屋。貴様、あの記者に対して何一つ嘘は言っていないな」
「はい、中佐殿。一言も」
「だが、貴様の本心は、保護ではなく人質だ」
「中佐殿。本官は、聞かれたことに対して正確に答えただけです」
中佐殿は、深く息を吐いただけだった。何かを言いたげに俺を凝視し、しかし結局、それ以上は何も言わなかった。ただ、その瞳には、目の前のシステム屋に対する言い知れぬ恐ろしさが色濃く滲んでいた。
数日後、俺の机に届いた帝都新聞には、大きな見出しと共にこう記されていた。
『前線の英雄、街道少尉。最前線を退いた後も、その高潔な人道精神は変わらない。彼は難民キャンプにおいて、最も弱き者たちを最優先で保護した――』
何一つ嘘ではない。すべては記者が難民キャンプに足を運び、その目で見た紛れもない事実だ。それを読んだ帝都の民衆も事実として認識し、周辺国や国際社会における帝国の評価もそのように書き込まれていく。
――そんなプロパガンダの成功に浸る間もなく、東部国境の観測気球から緊迫した一報が届いた。
赤旗国、第二波。
地平線の彼方に新たに集結しつつある兵力、およそ二万。
読んでくださり、ありがとうございました。




