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覇権国家計画  作者: 納豆
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第100話:東方赤禍大戦 その一


帝都参謀本部、特別監察室。


中尉は無言で入室すると、一枚の書類を俺の机の上に置いた。その瞳はどこまでも冷たく、ただ決定された事実を伝えるためだけに、こちらをじっと凝視している。


「少尉。参謀本部からの下命かめいです。東部国境に位置する、第四星型要塞の監察におもむいていただきます」


「……今更ですが、俺の本来の任務は『監察』でしたね」


思わず口から出た言葉に、自嘲気味な笑いが混じる。



数々の修羅場を最適化していく中で自分自身すら忘れかけていたが、俺の本来の任務は、この帝国に散らばる異世界人たちが進めている作戦の現場監察なのだ。


肩書きだって『特別監察室室長』という立派な内勤の事務方のはずなのに、上層部が仕掛けたプロパガンダのせいで『街道少尉』といった二つ名ばかりが世間に定着し、脳の隅に追いやられていた。



第四星型要塞は最近完成したばかりの最新鋭の防衛拠点だ。そこには陸軍が誇る最新の長距離要塞砲が複数配備されている。


その有効射程距離は七キロメートル、最大射程は九キロメートルに達する。さすがに、これ以上の射程の延伸や性能の向上は物理的に無理だろう。陸上の戦闘、という規模においての話であればだが。



「中尉。なぜこの時機に、第四星型要塞の監察なのですか」


俺の問いかけに、中尉は極めて淡々とした口調で告げた。


「東部国境警備隊より、国境線の向こう側に『赤旗国せっきこく』の軍が集結しつつある、との緊急報告がありました」



──赤旗国(第41話~)。

しばらくの間はおとなしくしていたが、この混迷に乗じて再び動き出したというのか。帝国を敵に回せばどれほど凄惨な結末を迎えるか、過去の戦いで散々見せつけてやったはずだ。


それなのに、未だに懲りずに攻め込んでこようとする。よほど、自国が資本主義国家の網に包囲されて滅ぼされるという恐怖が、骨の髄まで染みついているらしい。



「中尉。ならば余計に不可解です。なぜ今にも戦闘が始まりそうな最前線へ、俺が赴かねばならないのですか」


何度も繰り返すが、『英雄・街道少尉』という武勇伝は、上層部がでっち上げた完全なる嘘、ただのプロパガンダだ。


俺自身は新兵並みの戦闘力しか持たない事務方であり、実際の戦場で役に立つ要素など、ただのひとかけらも存在しない。



「少尉。赤旗国の内部にも、我々と同じ『異世界人』が潜んでいる可能性が浮き彫りになったのです」


中尉の言葉に、俺は息を呑んだ。


確かに、彼らの軍事的な異常進化の裏に異世界人がいる可能性は極めて高い。いや、確実に居るだろう。しかし、帝国や西の霧宮王国のように、国家の中核システムに異世界人が据えられているとは到底思えなかった。



なぜなら、凄惨な革命の血の海から誕生した国だからこそ、彼らは新たな「革命(裏切り)」を何よりも恐れている。


異世界の知識を持つ異分子など、彼らの硬直した思想体制からすれば、真っ先に粛清されるか、あるいは地下の檻で生かさず殺さず知識だけを搾り取られる、哀れな道具でしかないはずなのだ。



──十日後。東部第四超大型星型要塞。


「……設計屋。また貴様か。今は『英雄・街道少尉』などと呼ばれて調子に乗っているようだな」


凍りついた指揮所内、机の向こう側に佇む指揮官から、容赦のない眼差しが向けられた。地を這うような低い声が響き、背筋にわずかな戦慄が走る。


相手の放つ圧倒的な威圧感を胸の内に抑え込み、俺は中佐殿の双眸を真っすぐに見据えた。そうして、己の動揺を一切悟らせぬよう、完璧な軍隊式の敬礼を捧げた。



「はっ。中佐殿。御無沙汰しております」


椅子にふんぞり返った中佐殿の視線は、執拗だった。値踏みするかのように、あるいは獲物を追い詰める蛇のごとく、俺を真っ向から睨みつけて離さない。



第四超大型星型要塞の司令官は、あの、どこまでも苛烈な中佐殿(第31話、第59話など)だった。

(……中佐殿は、どういうわけか俺に対する言葉の刃が、絶望的なまでに鋭すぎる。プロパガンダの勲章は、この人には一切通用していないじゃないか)



「設計屋。貴様のくだらん知見を役に立たせろ。赤旗国は、今後どう動く?」


「はっ。中佐殿。地図をお借りします」


俺は、机の上に東部国境の地図を広げた。

赤旗国は過去、難民の大量押し付け(第41話)や、国境付近の魔物討伐に紛れた偶発的戦闘(第59話)など、あらゆる手段で帝国を侵食しようとしてきた。


それらはすべて水際で防いだが、次の段階は間違いなく「全面戦争」だ。だが、奴らには決定的な大義名分がない。国内の民衆に対しては「抑圧された労働者の解放」で誤魔化せても、国際世論の上ではただの侵略行為とみなされてしまう。



「設計屋。国際世論を納得させる侵略など、一体どうやるのだ?」


中佐殿が、椅子の背にもたれかかったまま低く問いかけてくる。



「はい、中佐殿。きわめて単純です――自分が『被害者』になれば良いのです」


例えば、赤旗国の罪なき民や国境警備兵が、帝国軍から一方的に理不尽な攻撃を受けた。異世界人なら、世界に向けてそんな物語を作るはずだ。


「設計屋。貴様が今まで仕掛けてきたことと、まったく同じことを敵もやってくると言うのだな」


「はい。……いいえ、中佐殿。本官は上層部の命令に従い、現場の状況に合わせた初期案を上申じょうしんしたに過ぎません。実際に戦闘が発生したのは、あくまでも不幸な偶然です」


「ふん。そうだな、貴様はそういう奴だったな。設計屋」


鼻で笑った中佐殿の冷たい視線が、俺の胸元の勲章をかすめる。

(中佐殿だって参謀本部の命令でこの要塞の司令官をやっているだろうに、何故こちらが正論を言うたびに機嫌が悪くなるのだ……)


「設計屋。ならば、我が軍が先に『被害者』となる方法を教えろ。敵の先手を打つ」


「中佐殿。その必要はありません」


「設計屋。貴様、それでも帝国の軍人か。勝利を目指さないのか」


「こちらから攻める必要はありません。敵に攻めさせればいいのです。先に息切れするのは向こうです」


目指すべきは『内線作戦』による遅滞防御だ。帝国軍がこの星型要塞で敵の猛攻を徹底的に受け流し、『赤旗国』が継戦を諦めれば、その時点で帝国の勝ちとなる。


広大な領土を持つ『赤旗国』を相手にこちらから攻め込む(外線作戦)と兵站が持たない。要塞に籠もって敵の兵站が切れるのを待つ「防衛戦」こそが唯一の最適解だ。



しかし――俺の脳裏に、最悪の懸念がよぎる。

近代戦の歴史を知っている異世界人なら、こちらの防衛戦術などとうに織り込み済みのはずだ。


問題は、その先だ。赤旗国は、何を犠牲にしてでもこの要塞を突破する覚悟で来る。


読んでくださり、ありがとうございました。

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