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8-3・2つ結びの女の子

 夢?それとも、今際の際の光景?

 光在る上空から遠ざかり、暗い海の中を沈んでいくような感覚。光を求めて懸命に手を伸ばすが、体が全く動かないので、暗い海から浮かび上がることができない。


 『酒』メダルを使って以降、何度も同じ夢を見た。暗い海の中を沈んで、苦しくて必死に藻掻き、何とか海上に這い上がった所で目が覚め、夢だったと安堵をする。そして、また同じ夢を見る。身も心もボロボロになっていくような気がして怖かった。それでも、護る為には酷使するしかなかった。


 今までは、這い上がって悪夢から逃れることができた。しかし今回は違う。這い上がりたくても、闇に縛られて体が動かない。

 このまま抗えずに闇の中に沈んでいくのか?これが『酒』メダルを行使し続けた結果なのか?もはや、何もできないことを受け止めるしかなかった。何もかもを諦め、そっと目を閉じる。


「・・・燕真!」


 俺の名を呼ぶ少女の声が聞こえる。とても懐かしい声なんだけど、それが誰の声なのか思い出せない。


「ガンバレ!!」

「・・・え?」


 また聞こえる。


「紅葉か?・・・いや、違う?」


 幼い少女の声。遠い記憶の底に、その声を聞いた覚えがある。



「ガンバレ!60番!!」


 中学生だった頃、地区の陸上競技部の大会で、スタンドから応援してくれる少女が居た。髪の毛を2つ結びにした小学生の少女。


 支給されたゼッケンは60番。校内では、特に期待をされた番号ではない。

 出場した3000m走の中盤で転倒をしてしまい、痛めた足を引きずりながら最下位を走り、せせら笑う周りの声が聞こえる気がして、恥ずかしくて何度もリタイヤをしようと考えていた。

 バスケ部の補欠が、陸上部の数合わせに呼ばれただけ。ハナっから、記録を作る気も、陸上競技に対する思い入れも無い。・・・だけど、俺を懸命に応援してくれる女の子がいた。


「ガンバレ!60番!!」


 女の子がどこの誰なのかは解らない。どんなに頑張って走っても、最下位は覆らない。だけど、女の子の声援を勇気に変えて、最後まで諦めずに走ることにした。途中で止めてしまったら、女の子の期待を裏切るような気がした。


 ゴールをした時、会場の皆が俺に声援を送っていたことに初めて気付いた。投げ出さずに最後まで走った俺には、温かい拍手が送られていた。スタンド席にいる女の子も、懸命に拍手を送ってくれている。

 正直言って恥ずかしかった。もっと活躍をして拍手を貰いたかった・・・でも、少しだけ嬉しかった。


「なんで・・・今頃になって、あの時のことを?

 走馬燈ってやつ・・・か?」


 凡才で要領も悪い為、思い通りに行った経験など殆ど無かった。だけど、「上手くできないのは適当にやっているから」と言い訳をするのが嫌い。「秘めた才能を発揮できないのは環境の所為」なんて逃げ口実は惨め。

 自分を裏切りたくないので、俺にできることは可能な限り全力で挑んだ。

 数合わせの陸上大会で、ゴールまで最下位を走りきって拍手を貰ったことは、何も為していない俺にとって、僅かな勲章だったのかもしれない。



「・・・燕真!」


 また、呼ぶ声がする。理由は解らないけど、中学3年生の夏と同じ、応援してくれる小学生の女の子を裏切らない為に「最後まで頑張らなきゃならない」って気持ちが芽生えてくる。

 闇に沈みながら、声のする方に手を伸ばす。闇の中から、小さな手が伸びてくる。小さな手が誰の物なのかは解らない。・・・だが、以前にも同じようなことがあった。



 無様に走り終えた後、医務室で「捻挫」を告知され、帰宅途中で公園でブランコに座り、痛めた足首を眺めていた。この足では、バスケの最後の大会には出場できないだろう。しかし、どうせ補欠だ。勝ちが決まったゲームにしか、出場をする機会は無い。


「捻挫を口実にすれば・・・試合に出られない大義名分に・・・

 あれ?・・・俺、何、言ってんだろ?バカじゃね?」


 それが「自分を誤魔化す為の言い訳」と気付いて直ぐに訂正する。他人に走ることを押し付けられて転倒して、他人の所為で中学最後の夏が終わったわけではない。仲間に誘われて、その気になって出場して、自己責任で足を痛めたのだ。


「どんな言い訳をしたって、悔しいのは悔しいんだよ。」


 溜息をついて顔を上げると、公園の入り口で、先ほどの2つ結びの女の子が俺を見つめていた。眼が合うと、女の子は慌てて逃げ出そうとする・・・が、途端に公園入り口の車止めポールに足を引っ掛けて転び、持っていたお菓子をぶちまける。


「おいおい、大丈夫か?」


 痛めた足を引きずりながら近付き、女の子を抱っこして立たせ、服に付いた土汚れを祓ってやる。


「・・・60番?」

「・・・ん?」

「ゼッケン60番の人?」

「あぁ、そうだよ。」

「・・・・・・・・・・・・・」

「応援してくれて、ありがとな。」

「・・・うん。」

「膝・・・同じになっちゃったな。」

「・・・ん?」


 不思議そうに眺める女の子に対して、自分のズボンの裾をめくって膝を見せる。女の子の膝と同じ、転んだ時の傷がある。


「あ!痛そう!」

「君もな。」

「・・・うん」


 バラ巻かれたお菓子を拾い上げ、袋に入れて女の子に返してやる。すると、女の子は、そのうちの1つを俺に差し出した。


「・・・食べる?」

「ん?・・・あぁ・・・ありがとう」



 その時、お菓子を握って差し出された手が・・・今、俺に向かって伸ばされた小さな手と同じに見える。

 重たくて動かない体を奮い立たせ、小さな手に少しでも触れようとする。伸ばした手が、小さな手に触れてシッカリと結ばれた!


パァァン!!

 途端に、合わされた手から光が発せられ、眩しい洪水が暗い海を照らしていく。暗い海を塗り替えた光の洪水は、闇を飲み込んだまま目の前に集まってきて、【一粒の眩い光】になった。


「燕真!」

「・・・紅葉?」


 俺は紅葉の手を握っていた。

 それまで暗かった海は、美しい透明に変化しており、珊瑚礁や、群れをなす小魚や中魚、悠然と泳ぐ大魚など、様々な生命が満ちあふれている。先程までとは違い、体はとても軽い。


「これは・・・?」

「上まで・・・ぃける?」

「・・・あぁ!」


 闇に縛られていた時とは違い、体が自由に動く。合わせられた手をシッカリと握り合い、光在る上空に手を伸ばすようにして、海上目掛けて泳ぐ。先ほどの【一粒の眩い光】が、俺達を誘導するように浮上していく。


『それで良いんだ。紅葉を頼んだぞ。』

「・・・えっ?」


 光が、男性の声で優しく語りかけたように思える。その直後、海の上に到達をして水面から顔を出した。



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