茨城童子の視点・決起の時
第7話の導入となるストーリーです。
-優麗高-
私は「伊原木鬼一」という非常勤講師のフリをして、3年生の教室で古文の授業をしていた。今は、指名した人間の雌(女生徒)に、朗読をさせている。
「その思ふ心や便の風ともなりたりけむ、又神明仏陀もやおくらせ給ひけむ、
千本の卒塔婆のなかに、一本、安芸国厳島の大明神の御まへの渚に、
うちあげたり。」
「・・・ふむ。そこまでで結構。感情が込められており、良い朗読だ。」
評価をされた女生徒は、嬉しそうに微笑む。
「本日は此処まで。本日講じた『三十ニ 卒塔婆流』と『三十三 蘇武』について、
次の授業までに現代訳をして提出するように。」
授業を終えると同時に終業のチャイムが鳴る。多数の生徒は教材を片付けて教室から溢れ出し、数人の雌共(女生徒)が、質問をする為に寄ってきた。
「伊原木先生、時間は大丈夫ですか?」
「2~3分なら構わんが。」
面倒臭いが、一般的な講師を演じる為に、女生徒の質問に応じた。私の姿(端正で背が高い)や雰囲気は、人間の雌共から好意を寄せられやすいらしいが、どうでも良い。潤った生命力に溢れた学校を餌場に選んだだけ。全てが「御館様復活」の贄だ。
(消された呪印は3つ・・・今のところ、昨日ほどの異常な状況ではなさそうだ。)
妖気の感知力を高め、狗塚の倅が潰した鬼印の数を把握する。昨日の夕方はハイペースで潰された為、些か驚かされた。数日前に、天邪鬼が人間に与していると考えて排除をしたが、見当違いだったようだ。狗塚の小倅が、それほどの才能を開花させたのか、文架の退治屋に、それほどの才能が有るのか、まだ判断ができない。
(さて・・・どう動く?)
ワザと、潰された呪印の周辺に新しい呪印を施して挑発をしたが、今のところ大きな動きは無さそうだ。
「・・・来たか。」
待ちかねた気配を感知したので、「急用ができた」と言って雌共を退けて教室から去り、階段を上がって屋上に出る。
笑みを浮かべながら空を見上げたら、2つの闇が降りてきて人型に変化をする。着物を着た銀髪鬼=虎熊童子と、上半身が裸の金髪鬼=金熊童子。信頼できる仲間達だ。
「来てくれたか。」
「『来てくれたか?』じゃね~よ!
「イバさんが文架市の何処にいるか解らなくて、
どんだけ探し回ったと思ってんだよ?」
「それすまなかったな。
だが、貴様等ならば、私の爪痕から居場所を特定してくれると信じていた。」
天邪鬼を暴走させて事件化をしたこと、そして文架市のあちこちに鬼印をバラ蒔いている行為は、退治屋共の撹乱と同時に、「私が文架にいること」を仲間達に気付かせる為の手段だ。
「例の物は?」
手の平を差し出して「例の物」を催促する。金熊童子は、衣の中から小袋を引っ張り出して口を開け、中から3枚のメダルを取り出した。
「人間に化けて、退治屋のビルに行って、お館様のメダルを持ってくるだけ。」
「アニキを捜し回ることに比べりゃ全然楽勝だったよ。」
御館様を分散して封印した全5枚のメダルのうちの3枚を取り戻すことができた。
「あと2枚はどうするんだ?」
「1枚は狗塚の小倅が持っている。奴を倒して奪い取れば良い。」
「もう1枚は?4枚しか無かったら、御館様は8割しか復活できないじゃん。」
「所在は解らぬが、心配は要らぬ。
残る1枚は、御館様の終焉となったこの地(文架市)に有ると予想している。
4枚のメダルで、御館様を復活させれば残る1枚と引き合うであろう。」
「へぇ~~・・・なら、さっさと御館様を復活させようよ!」
「慌てるな。先ずは、このメダルを多くの念で満たさねばならぬ。」
文架市には、太い龍脈が有り、幾つかの龍穴が存在する。そのうちの数ヶ所に、人間が施した‘文架を守る結界’がある。この優麗高が「数ヶ所のうちの1つ」に該当するのだが、そんなことはどうでも良い。大事の前に徒に(いたずらに)結界を刺激して、退治屋共に警戒心を与えるなど、無能がするべきことだ。結界が隠されているゆえに通常の龍穴よりも霊気が停滞して溜まり易い状況のみを利用する。
「その為に、若き生命が集まる地(学校)を選び、
講師などと言う下らぬ役割を演じ、
数ヶ月もの間、準備を整えていたのだからな。」
3枚のメダルを屋上の床に置き、一気合い発して本来の姿(青鬼)に戻り、空中に3種の八卦先天図を描いた。
「もう準備は整ってるってか?」
「無論だ!」
「3つも同時に結界を発動させるのかよ?」
「御館様復活の為・・・この程度の労力は苦労であるまい。
若き生命よ・・・御館様の元へ!」
優麗高を包んだ3つの結界が同時に発動。脱出と進入を妨害する遮断結界。内側に入った鬼以外を弱体化させる結界。そして、内側に居る人間共から生命力を強制搾取する結界。
生徒達の体から緩やかに生命力が浮かび上がり、屋上に沸き出し、八卦先天図を通過して3枚のメダルへと吸収されていく。
「一気に奪わないのか?」
「数ヶ月をかけて、この学校にある生命力の質は把握した。
これくらいが効率的なのだ。」
数秒で結界内の全生命力を奪うことも可能だが、それではお館様の復活に必要な生命力には足りない。供物を生かさず殺さず、仮に1時間で体力の2割を回復するなら3割を奪う。若い生命を回復させながら、時間をかけて奪い続け、『酒』メダルを満たす。
3枚の『酒』メダルが満ちる頃には、生命力の弱い者は死に至るだろうが、それは気にすることではない。
「あとは、待つのみ。
狗塚の小倅と文架の退治屋が嗅ぎ付けるだろうが、
番人を貴様等に任せれば問題はあるまい。」
「アレ?イバさんは何処に行くのか??」
「授業だ。一応は、この学校の講師のフリをしているのでな。」
「こんな時まで?」
「供物共が異常を感じて騒ぎ出しても困るのでな。
最低限の管理はせねばなるまい。」
姿を講師・伊原木鬼一に戻して、金熊童子に3枚の『酒』メダルの防衛を任せ、いつも通りを装う為に塔屋に入って階段を降る。
「随分と張り切っているようだな・・・狗塚の倅め。」
僅か十数分で5個の呪印が潰された。鬼印が潰されることは想定内だが、ハイペースすぎて些か腹立たしい。しかし、鬼印設置は、手段であって目的ではない。むしろ、我が目的に気付いて此処に辿り着く前に、鬼印潰しで霊力を消耗させてくれた方がありがたい。
-1時間後・3年生の教室-
御館様のメダルに若き生命が貢がれることを実感しながら、何食わぬ顔で授業を続ける。教室内の人間共(生徒)は、自覚無く体力を奪われ、大半が眠たそうにしている。
「・・・むぅ?」
正門の前で、虎熊童子が狗塚の小倅と交戦状態になった。そこまでは想定の範囲内。金熊童子ならば、狗塚を足止めして、相殺結界を作る隙を与えないだろう。
だが、想定外が発生をして我が目を疑った。退治屋の若僧が、遮断結界を潜り抜けたのだ。
(私の結界を抜けた?そんなバカな。)
御館様が封印されたメダルと生命吸収の八卦先天図は金熊童子が守っている。金熊童子ならば、退治屋程度など軽く捻り潰すだろう。だが、想定外は面白くない。想定外は次の想定外を生む。我が計画に一欠片の想定外もあってはならない。
私は、講師の真似事をしながら、「次の想定外」に備えて屋上で発生した戦いの気配に意識を集中させる。




