6-1・紅葉の激怒
俺は、地に伏したまま、正気を失った天野老人の最後を眺める事しかできなかった。
「退治屋が妖怪退治の邪魔をするとは、どう言う了見だ!?」
狗塚(妖幻ファイター)は、ベルトからメダルを抜き取って武装化を解除。その表情からは「申し訳ないことをした」と言う感情など少しも感じられない。
「うぅぅ・・・うわぁぁっっっ!!!殺すことはないだろうにっっ!!!」
頭に血を上らせ、拳を力いっぱい握って飛び掛かった!狗塚は「やるなら受けて立つ」と言わんばかりに構える!しかし、動線上に粉木の爺さんが割って入って妨害した!
「やめい、燕真!悔しいんは解るが、正しいのは向こうや!!」
「と、止めるな、ジジイ!!」
「害を及ぼす妖怪を退治するんは退治屋の責務!狗塚に協力するんは協定や!
天邪鬼は、退治屋に退治された!狗塚は責務を果たした!
・・・それだけのことなんや!」
「・・・だ、だけど!!爺さんの友達だろ!こんなの納得できるのかよ!?」
質問をぶつけながら爺さんの眼を見て我に返る。狗塚には気付かれないように振る舞っているが、爺さんの眼には涙が浮かんでいた。そして、爺さんの拳は、悔しさを滲み出すかのように強く握られている。
「ジ・・・ジジイ・・・あんた?」
「解れ、燕真!ワシは忠告をした。せやけど、奴は聞かんかった。
・・・退治屋には、これ以上のことはできんのや。
狗塚は、なんも恨まれるようなことはしておらん。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
幾分か落ち着きを取り戻せたので、振り上げていた拳を降ろす。爺さんが、握っていた手を開いて俺の肩に軽く添えた。それを見た狗塚は臨戦態勢を解き、やや呆れ顔で溜息をつき、落ちていた天邪鬼を封印したメダルを拾い上げる。
パァンッ!!
直後、頬を打つ乾いた音が響き渡った。狗塚は、些か驚いた様子で痛む頬を抑えながら、叩いた張本人を見る。その前には、眼に涙を溜め、平手を打ち据えたばかり紅葉が立っている。
「ただの雑用係が・・・何の用だ?」
俺が飛び掛かろうとした時とは違って、狗塚は臨戦態勢にはならない。流石に少女相手に応戦をする気は無いらしい。
「返せ!!」
「・・・ん?」
紅葉は、狗塚を睨み付けたまま、叩いた手の平を上にして向けて差し出す。
「天野のお爺ちゃん・・・返せ!!
ァンタ・・・さっきから、偉そぅなことばっかり言ってるけど、
何もできてなぃぢゃん!!」
「『何もできない』・・・だと?おいおい、雑用係如きが何を?」
「大した実力も無ぃクセに威張るな!!
ァンタが、もっと、ちゃんとしてれば、
天野のじいちゃんゎ、こんなふうにならなかったんだ!!」
「なに?・・・実力が・・・無い?
バカにするな!!金目当ての退治屋ごときがっ!!」
狗塚の眼がつり上がった。慌てて、俺が紅葉を羽交い締めにして、爺さんが狗塚の前に立ち、衝突寸前の2人を止める。
「相手は年端もいかん小娘やで!そう、カッカすんなや、狗塚!
この嬢ちゃんが、こうなんのは、いつものこっちゃ!あまり気にすんな!」
「おいこら、紅葉!!言い過ぎだ!!頭を冷やせ!!」
「止めなぃで燕真!!
天野のお爺ちゃんをあんなことされて、燕真ゎ頭にこないの!!?」
「ムカ付いてるに決まってるだろう!!
だけど、オマエほど取り乱すつもりもない!!」
実際にはムカ付いてたけど、暴走しすぎる紅葉を止める方が優先なので、チョット頭が冷えた。
「俺の役割を取るな!
ここは、主人公とライバルが対立して、ヒロインが止めに入るパターンだ!
なんで、俺を差し置いて、オマエが突っ掛かってんだよ!?」
爺さんの仲裁で狗塚は幾分かは気持ちを抑えたが、紅葉は何一つ収まっていない。俺に羽交い締めにされながら、猛獣のように怒鳴り続ける。
「偉そぅなことばっかり言ぅクセに、
なんで、地面に隠れてるモヤモヤしてんのを放置してんだぁ!!
なんにもしないクセに、調子に乗るなぁ!!」
「地面のモヤモヤ?」
「あかん、お嬢!見えないもんが見えることは言うなと言ったやろうが!!」
爺さんが慌てて口止めをする。しかし、頭に血が上っている紅葉に、制止の声は届かない。
「きっと、天野のお爺ちゃんゎ、モヤモヤのせぃで、変なふうになっちゃったんだ!
アンタが、モヤモヤを全部消してれば、
天野のお爺ちゃんゎ天野のお爺ちゃんのままだったんだ!!」
「ガキの言うこっちゃ!聞き流せ、狗塚!」
「・・・モヤモヤを消す?
君が何を言いたいのかは、まだ理解できていないが、何故、俺ばかりに!?
君を取り押さえてる未熟者にも、君の言うことはできていないのだろうに!?」
「燕真ゎ燕真だから良いんだもん!!
霊感ゼロでァタシが居ないと、なぁんにもできないけど、
ァンタみたぃに威張らなぃもん!!
ァタシを大事にしてくれるもん!!
なんにもできないクセに、いっぱい頼れるんだもん!!
アンタみたぃな、何もしなぃクセに威張ってるのと、一緒にするなぁっっ!!!」
「俺・・・紅葉から、スゲー馬鹿にされてないか?」
相変わらず言葉足らずなので、紅葉の言い分を理解するには少し時間が掛かる。今の一連で直ぐに理解できたのは、「俺は役立たず」と「紅葉から頼りにされてる」くらいだ。
爺さんは紅葉の言い分を誤魔化そうと取り繕い、俺は脳内で紅葉の言いたいことを懸命に検索する。
「なぁ、紅葉?
オマエの言うモヤモヤって・・・天野さんの腹に仕込まれてた、闇の塊か?」
「そうだょ、燕真!ぉなか腹にあったモヤモヤだょ!!
コィツ(狗塚)が、あっちこっちの地面にぁるモヤモヤを消さなぃから、
こんなことになっちゃったんだ!!」
どうにか、紅葉の言っている事を解読できた。それを聞いた狗塚が、僅かに驚いた表情をする。
「鬼の印か?」
「そぅだょ!!黒くてモヤモヤしたの!!」
「何を言い出すかと思えば・・・やはり君は、ただの雑用係だな。
あれは、地面に隠されて、文架市の全域にある。
隠れている物を見付けるのに、どれほどの手間が掛かるか解っているのか?
時間と人員を掛けて、文架市中を掘り起こすくらいのつもりで、
虱潰しに隅から隅まで捜し廻れば、全排除は可能だが・・・
残念ながら、文架市民全員に退治屋の修練でも積ませない限りは不可能だ!」
「だったら、やっぱり偉そうにすんなっ!!」
「バカバカしい。
言っていることを理解したところで、結局は、意味を為さない言葉の繰り返しか?
無駄な時間を過ごしてしまったようだな。」
狗塚は、紅葉の言い分を聞き流し、溜息をついて踵を返して、延々と続く紅葉の暴言には耳を貸さず、その場から離れてバイクに跨がり、ヘルメットを被りかける。
「そこに在るモヤモヤくらぃ消してぃけっ!バカッ!!」
しかし、紅葉の、聞く価値も無い罵声に混ざって発せられた一言に、狗塚の動きが止まる。
「・・・そこ?」
狗塚は、周囲を確認して、再び溜息を付いた。
「どこにも‘鬼の印’なんて無いじゃないか。
ガキの戯言に乗せられた俺がマヌケってことか。」
「もぅイイ!ァンタみたいな使えないヤツ、サッサとどっかへ行っちゃえっ!」
紅葉は深呼吸をして少し気持ちを落ち着ける。
「燕真・・・もう、アイツを殴らないから大丈夫。」
「あぁ・・・うん。」
紅葉の全身が緊張状態から解れたと判断して、抑え付けていた手を弛めた。振り返った紅葉に手を掴まれる。




