茨城童子の視点・再決起の狼煙
-数日後-
文架市は龍脈に優れ、霊気が集まる地ゆえに、キッカケさえ作ってやれば妖怪が発生しやすくなる。仲間達に私の所在を気付かせる為に選んだ手段は、文架市での妖怪事件を今まで以上に頻発させることだった。
地に手を宛てて呪文を唱え‘鬼の印’を施す。その行程を、文架市の龍脈がある全域で無制限に行う。施した‘鬼の印’の全てが、妖怪を生み出すわけではない。無数にバラ巻かれた‘鬼の印’のうちの0割1分以下が邪気や思念に反応して妖怪を発生させる程度であり、他の‘鬼の印’は誰にも気付かれないまま、やがては大地に溶け込んで自然に浄化される。
だが、0割1分以下の成功率でも、数を増やせば妖怪の発生数は上がる。9割9分が無駄な行動でも、その先にある目的が達成できるならば、労力を惜しむつもりはない。苦労など些末な問題だ。
「人間の技術が生んだ‘姿を記録に残す’道具か。なかなか厄介な代物だ。」
一昔前ならば、怪しい素振りを見られても、目撃者を始末すれば証拠の隠滅はできた。だが、現代は、防犯カメラよって、記録に残されてしまう。1~2回なら‘鬼の印’の施す行動を撮影されても、誰も疑問を感じないだろう。だが、あちこちで同じ行動が記録されたら、不審に思われる可能性がある。退治屋がデータを回収して確認すれば、高確率で気付かれるだろう。
街中ならば、念が集まりやすいので高確率で妖怪が育つが、防犯カメラの死角を探さなければならない。防犯カメラが無い地域では、人も少なくて念が集まらないので、妖怪が育ちにくい。つまり、往来があり、防犯カメラが少なくて死角が有る場所を探さねばならない。
たかが‘鬼の印’の施す程度の行動なのだが、現代においては細心の注意が必要なのだ。
「・・・むぅ?」
‘鬼の印’を施している最中に、妙な光景を眼にした。路肩に車が止まり、若い人間の雌が降りて、数分前に畑に施した‘鬼の印’に向かって駆けていく。
「私の鬼印が見えている?・・・有り得んな。」
違和感があったので、物陰に身を潜めて様子を眺める。人間の雌はピンポイントで‘鬼の印’の前に立ち、しばらく地面を触れたあと、車に戻っていく。そして、連れ出された老人が護符を置いて‘鬼の印’を消滅させた。
「文架の退治屋か?」
陰陽を学んだ退治屋や狗塚ならば、発見した‘鬼の印’を滅する技術はある。結界の類いを張れば‘鬼の印’を炙り出すことはことは可能だろう。
だが、裏を返せば、それが人間の限界。陰陽に精通した者でも、目視では‘鬼の印’に気付けないはずだ。
「直ぐには気付かれぬように隠しておいたのだがな。」
車が去るのを待ち、現地に行って、仕掛けておいた‘鬼の印’が間違いなく消えていることを確認する。
‘鬼の印’は誇り高き鬼族のみが施せる特殊な呪文だ。下卑な妖怪が発する粗雑な呪印とは違う。地表に浮かべておけば、陰陽を学んだ者や霊感の強い者なら感知できるだろう。だが、人間如きが見ただけで、地中に沈めた‘鬼の印’を感知できるわけがない。
「3人いた・・・車の外に出た爺と小娘・・・そして、車の中に爺が1人。」
車の後部座席から出なかった爺(天野)の雰囲気には覚えがある。鬼の集いの末席に、爺と同じ雰囲気を持った鬼がいた。
「天邪鬼・・奴が鬼の印を探し当てたのだな。」
鬼族は妖怪のエリートだ。誇り高き鬼が人間如きと連むなど有り得ない。ましてや、同族の妨害をするなど、許されることではない。
-翌日・羽里野山の麓-
天野宅から徒歩で5分ほど離れたバス停のベンチに、大きな鞄を担いだ天邪鬼(人間に擬態)が座ってバスを待っていた。
「退治屋の動きに、妙な違和感が見え隠れしていたが・・・それがオマエだな。」
私(人間に擬態)は、天邪鬼(人間に擬態)の背後に立ち、見下すようにして睨み付ける。
「なんじゃ、あんたは?」
「誇り高き鬼が、退治屋如きに手を貸すとは・・・流石に考えていなかった。」
「なんのことじゃ?」
天邪鬼(人間に擬態)が立ち上がり、私の威圧に気圧されて数歩後退る。私は、「死刑宣告」と「鬼の誇り」のどちらか一方を受け入れさせる為に、擬態を解いて鬼の姿を現した。
「あんたは・・・茨城童子!!」
「この地の退治屋は、まだ未熟としか思えない。
遠目に観察しても、度々、妖怪を討ち漏らしていることくらいは解る。
だが、そのワリには、被害は極めて少ない。
未熟を補う適確な能力がサポートをしている。」
「・・・的確な・・・才能?
い・・・いかんっ!」
擬態を解いた天邪鬼が飛び掛かってきた。血迷ったのか、死刑宣告を受け入れたのかは解らぬが、その行動目的には興味が無い。言えることはただ1つ、「誇り高い鬼が人間との共存を望むなど許さない」だ。
力の差は歴然。末席の鬼が私に勝てるわけがない。
振り下ろされた腕を回避して、闇を蓄積した掌底を天邪鬼の腹に叩き込む。天邪鬼が担いでいた荷物が地面に落ち、詰め込まれていた中身が散乱をする。腹に当てられた掌から濃い闇が発せられ、天邪鬼の全身に溶け込んだ。
「小鬼とは言え、人間如きに尾を振るとは何事だ!?」
天邪鬼は、腹を押さえ蹲る。その体は、次第に闇色に染まっていく。
「うぁぁぁぁっっっっ・・・ああああああああっっっっ!!!」
「我らは、誇り高き鬼の種族だ!鬼の誇りを取り戻せ!!」
これで、天邪鬼を蝕む「人間と仲良くしたい」という下らぬ感情は消え、誇り高き鬼として覚醒する。小鬼程度では、狗塚の倅や退治屋には適わぬだろうが、重要なのは「文架の地で鬼が暴れた」という事実。
星熊童子は、僻地で狗塚の結界に囚われて倒れた為に、その情報が出回ることは無い。だが、天邪鬼が人里で被害を出したことは、風の噂となって日本中に広まる。
粗忽な金熊童子はともかく、虎熊童子は、私の画策に気付き、文架の地を訪れてくれるだろう。
「オマエの暴走が再決起の狼煙となることを誇るが良い!」
この場で狗塚の倅と雌雄を決するならば、私も戦おう。だが、今はまだ、私の存在を公にする時ではない。
「御館様を封印せしメダルの所在を突き止めること・・・。
妖怪事件を乱発させて、御館様の復活に相応しい邪気を集めること・・・。
御館様の手足となって働く同志を集結させること・・・。
今、重要なのは、この3つだ!」
全ては、御館様に復活していただく為の礎。万全の戦力を整え、御館様を頂として、退治屋に勝利しなければならない。ゆえに、派手に注目を集める役回りは天邪鬼に託し、狗塚の倅や退治屋が来る前に、この場から離れる。
・
・
・
茨城童子は「鬼印の位置を的確に見抜いているのは天邪鬼」と判断した。だが、実際に鬼印の位置を見抜いていたのは別の人物。
天邪鬼は、茨城童子から彼女を庇った。闇に汚染をされて自我は失い討伐をされたが、天邪鬼は彼女の存在を守り抜き、未来を託したのだ。




