4-5・登山をしよう
粉木邸の物置から引っ張り出した登山用の服に着替えて、茶の間に顔を出した。ベースレイヤー&ミドルレイヤーの上に防水透湿ジャケットを着込み、アルパインパンツ。典型的な「今から登山します」って格好だ。文架市に来て半年足らずの俺には、羽里野山の難易度は解らないが、念には念を入れて重装備にしておけば問題は無いだろう。
「茶をもらうぞ。」
「勝手に注いで飲めや。」
急須から湯飲みにお茶を入れて飲み、体を暖める。登山服のおかげで幾分かは防寒できるが、まだ暖房器具(ストーブ&コタツ)の準備などしていないので、室内は寒い(茶の間にエアコンは無い)。
「爺さんの家に登山用品があるなんて初めて知ったよ。何でもあるんだな。」
「退治屋が出向くんは、平場ばかりやないからな。」
タイヤ交換のタイミングで、紅葉は登山の準備をする為に自宅に帰ったので、戻って来るまでの待機状態だ。
「なぁ、爺さん。なんか、当然のように紅葉も行くことになってるけど、連れてかなきゃなのか?
足手まといになりそうだから、連れていきたくないんだけど・・・。」
「オマン1人で出向いても、霊感ゼロでは素通りしてまう可能性が高い。
ワシが動けん状況では、お嬢の感知力に頼るしかないやろ。
それに、お嬢のことやさかい、『来るな』て言われても聞けへんやろうな。」
爺さんの予想する光景が、考える必要も無いくらい簡単に脳内でイメージできる。
「氷柱女のこと、昔から知ってるみたいだけど、いつから知り合いなんだ?」
「出会ったんは、お嬢が生まれる少し前の出来事や。
それ以来、羽里野山に住んどるんを黙認しておる。」
「20年前くらいってことか?結構、長い付き合いなんだな。」
「氷柱女の件は、機会が来たら話したる。
ワシ1人の過去を晒せば良い話じゃなくなるよって今は詮索せんでくれ。」
「そっか・・・チョット気になるけど解った。
・・・でもさ、爺さんが『妖怪は何が何でも倒せ!』なんてタイプじゃなくて、少し安心したよ。」
氷柱女が市街地から羽里野山付近に戻った為に、雪は雨に変わり、積雪を少しずつ融かしている。この調子なら、市街地は、明日には‘いつも通り’に戻りそうだ。
「氷柱女を追い出した奴は、おそらく‘話が解る友好的なタイプ’やない。」
「・・・ん?」
「氷柱女は、羽里野山に居着き続けた妖怪や。
長年、土着を続ければ、そのテリトリーにおいては、妖怪は最強クラスに成る。
それを簡単に閉め出すなんて、並の妖怪やないで。」
「かなりの強敵が居るって事か?」
「可能性は高い。」
「でも何でワザワザ氷柱女の縄張りに?」
「依り代に寄る妖怪は、念がある人里にしか出現せえへん。
だけど、依り代の要らん妖怪も存在するって事や。
そういう奴は、わざわざ人目に晒される町中やなしに、人のおれへん場所に身を隠す。
その地がたまたま氷柱女の縄張りやったから、強引に追い出した。
要は、羽里野山に居座っているモンからすれば、氷柱女など眼中に無いっちゅうこっちゃ。
本音を言うたら、ワシが満足に動けん状態で、オマン等だけを羽里野山に向かわしとうはあれへん。
えぇか、燕真!これまでより、手強い相手かもしれん!
行ってみて、少しでも厄介と思たら、無茶はすんな!直ぐに引き替えすんや!」
「わ、解った・・・気を付ける。」
いつになく爺さんが真剣な表情なので、やや気圧され気味に頷く。
-1時間後-
駐車場に駐まっている粉木の車のトランクルームに、俺が準備した大きなバックパックと、紅葉が持ってきたナップサックを詰め込む。
「オマエ、マジで、こんな軽装備で行くのか?」
「ぅん!」
「レギンスくらい穿けよ。」
「虫除けスプレー持ってきたからダイジョブ!」
「そ~ゆ~問題じゃない。登山を舐めるなよな。」
紅葉の格好は、Tシャツ&ニットパーカー&ショートパンツ&ショートの防水ブーツ。生足に虫除けスプレーをしても、別の虫(男)が寄ってきそうだ。登山の準備をする為に一時的に自宅に戻ったはずなのに、どこがどう登山の格好なのか、全く解らない。
「舐めてないもん!!ちゃ~んと、リュックの中身も整えてきたし!」
「何を入れてきた?
オヤツしか入っていないとか言ったら、デコピンすんぞ!」
「ハズレッ!オヤツとオニギリと飲み物だよ!!」
「大して変わんね~だろ!もしかして、オニギリ作るのに時間がかかったのか?」
「せいか~い!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
運転席に車に乗り込むと、爺さんが腰を庇いながら寄ってきて、運転席の窓枠に手を掛けて、耳打ちをしてきた。
「ワシが行った事、肝にめいじておけよ。」
「了解。・・・手強い相手・・・か。」
爺さんの眼を見て頷いたあと、車のエンジンをかけ、羽里野山に向けて出発をした。まだ道路に積雪があるので交通量は疎ら。「楽々と運転できて快適」と言いたいが、雪道の運転には慣れていないので、法定速度以下でノロノロと車を走らせる。
車は、駐車場を出て西に向かい、公園通りから明閃大橋方向へ。助手席の紅葉が早速オヤツの袋を開ける。
「おいおい、もう食うのか?」
「燕真も食べるぅ?」
「いらん!もう少し緊張感を持ってくれ!」
どう考えても、山を舐めすぎているとしか思えない。登山の途中で紅葉がギブアップをして、置いていくわけには行かず、背負って山を登る展開になりそうで怖い。




