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転生スライムの異世界ホワイト建国記 ~剣と魔法より「福祉」が最強な件について~~  作者: ひより那


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第9話 呪われた借用書と、再起の理《リビルド》

 ドワーフの集落と強固な街道で結ばれた私たちの村は、もはや一つの「連邦」と呼ぶべき規模と活気を呈していた。

 毎日、ドワーフの村から上質な鉄器が運ばれ、代わりに私たちの村から豊かな農作物と回復薬が送られる。この循環は、かつてないほどの富と安定をこの森にもたらしていた。


 その豊かな森の噂は、風に乗って遠く人間の大国にまで届き始めていたらしい。


「湊さま。南の街道から、多数の生体反応が接近しています。ひどく消耗しているようですが……その後方に、完全武装した追撃部隊の反応があります」


 防衛長官であるアルジェントの報告を受け、私は即座に村の境界へと向かった。

 境界の防壁に辿り着くと同時に、森の茂みから転がり出るようにして、数十人の人間たちが姿を現した。彼らは一様にボロボロの衣服を纏い、手足には重々しい鉄の足枷がはめられている。極度の栄養失調と疲労で、その多くがその場に倒れ伏した。


「……助けて、くれ……。噂の、魔物の国は……ここか……」


 先頭にいた壮年の男が、血の滲む手で地面を這いながら私に向かって手を伸ばした。


『対象群を解析アセスメント。極度の過労、飢餓状態。及び、魂に深く刻み込まれた強力な『隷属の魔力契約』を検出しました』


「安心しろ、ここは安全だ」


 私は彼らを保護の結界内へ収容し、回復薬ポーションを散布した。だが、安堵の息を吐く間もなく、森の木々を薙ぎ倒して追手の部隊が姿を現した。

 豪奢な馬車に乗った恰幅の良い貴族風の男と、それを護衛する百名規模の重武装兵士たちだ。彼らの鎧には、アルジェントを追放したあの「光の王国」の紋章が刻まれていた。


「見つけたぞ、薄汚い逃亡奴隷どもめ。辺境の魔物の村に逃げ込めば助かるとでも思ったか」


 馬車から降り立った貴族風の男が、扇子で口元を覆いながら傲慢に言い放った。

 男の胸元には『国家徴税官』を示す金色のバッジが光っている。


「私は光の王国の徴税官、バルサスだ。そこのスライム、あるいはその後ろのゴブリンども。その者たちは我が国から借金を踏み倒して逃げ出した大罪人である。ただちに引き渡せ」


 倒れていた壮年の男が、恐怖に顔を歪めながら叫んだ。


「違う! 俺たちは騙されたんだ! 病気になった娘の薬代を借りただけなのに、法外な利子を乗せられ、一生働いても返せない額にされた! 俺たちは地下の魔石鉱山で、死ぬまでタダ働きさせられるんだ……!」


「黙れ、底辺のクズが」


 バルサスが冷酷な目で男をねめつける。


「契約書にはお前自身の血でサインがしてあるだろう? 金を借りて返せないのは『自己責任』だ。お前たちの無能さと努力不足が招いた結果に過ぎない。返せないのなら、労働という形で命が尽きるまで国に尽くすのが当然の義務である」


 自己責任。

 前世の福祉現場でも、この言葉は常に貧困者たちを縛り付け、彼らから声を上げる気力すら奪ってきた。病気や失業、あるいは悪質な詐欺。個人の努力ではどうにもならない社会構造の歪みから生じた貧困でさえも、強者は「自己責任」という言葉で切り捨て、労働力として使い潰す。


「……なるほど。君の国は、貧困をビジネスにする寄生虫の集まりというわけか」


 私の静かな念話が、広場に響き渡った。

 バルサスが不快そうに眉をひそめる。


「魔物風情が、我が国の崇高な法制度に口を出すか。契約の絶対性は、この世界の理だぞ。その証拠に、彼らの魂には我々への『隷属の契約』が刻まれている。それを破れば、彼らは死ぬ」


 確かに、男たちの首元には禍々しい黒い紋様が浮かび上がっていた。だが、私は前世の知識――すなわち、最強の法理を持っていた。


「契約が絶対? 笑わせるな。公序良俗に反する暴利や、人間の尊厳を破壊する隷属契約など、そもそも法的に『無効』だ。そして、たとえ正当な借金であったとしても、人が生きていくための最低限の権利を奪う権利は誰にもない」


 私はバルサスに向けて、ゼリー状の体を大きく膨らませた。


「どうしても返せない負債を抱えた者が、もう一度人生をやり直すための絶対の権利。対象の経済的更生を妨げるすべての枷を破壊する。――発動しろ。免責許可(バンクラプシー)!」


 私のコアから、純白の魔力の波動が放射された。

 それは男たちを縛っていた黒い隷属の紋様へと直撃する。魔法的な契約を「借金」という概念ごと焼き尽くし、跡形もなく消滅させる『自己破産』の理の顕現だ。


「な、なんだと!? 絶対の魔力契約が、消えた……!?」


 バルサスが驚愕に目を見開く。


 男たちの首元から紋様が消え去り、彼らを縛っていた鉄の足枷も粉々に砕け散った。

 重圧から解放された男たちが、信じられないというように自分の手を見つめる。


「き、貴様! 国家の財産を消滅させる気か! やれ、兵士ども! その生意気なスライムを叩き斬り、奴らを捕えろ!」


 バルサスの命令で、百名の兵士たちが一斉に武器を構え、突撃してきた。だが、彼らがこちらに辿り着くことはなかった。


「アルジェント。彼らに『不法侵入』の代償を教えてやれ」

「御意」


 私の傍らに控えていたアルジェントが、擬似右腕の剣を抜いた。

 共感覚領域(センサー・フィールド)で完全に兵士たちの動きを掌握した彼は、まるで舞を舞うような美しい動きで兵士たちの群れに飛び込んだ。

 圧倒的な剣圧が、兵士たちの武器を次々とへし折り、鎧を叩き割る。アルジェントは一切の視覚を持たないまま、的確に急所を外し、無力化だけを完璧に遂行していく。剛鬼や鋭牙たちが出る幕すらなく、百名の兵士はあっという間に地面に転がり、呻き声を上げるだけの存在となった。


「ヒッ……! あ、アルジェントだと!? なぜ盲目の廃人が、あれほどの動きを……!」


 バルサスが腰を抜かし、馬車にしがみつきながら後ずさる。


「私の村では、欠損は障害ではないからだ」


 私はバルサスの足元へ滑り寄り、冷たく言い放った。


「君たちの国は、持たざる者を切り捨て、あるいは搾取することでしか成り立たない脆弱な国だ。そんなシステムは、遠からず自壊する。彼らの借金は私が『免責』した。もう二度と、私の保護下にある彼らに手を出すな」


 私の圧倒的な威圧の前に、バルサスは失禁し、這うようにして馬車へ逃げ込むと、倒れた兵士たちを見捨てて逃げ去っていった。


 静寂が戻った境界で、逃げてきた人間たちが一斉に私に向かって平伏した。


「あ、ありがとうございます……! 俺たちは、これからどうすれば……。国には帰れません」


 私は彼らに向き直り、温かい魔力を込めて念話を送った。


「君たちの借金はリセットされた。だが、それはゴールではない。これから再び自分自身の足で立ち、生きていくためのスタート地点だ」


 私は、ドワーフの村へと続く強固な街道を指し示した。


「私たちの連邦には、仕事が山ほどある。ドワーフの鉱山での採掘、新しい農地の開拓、家屋の建設。君たちに合った仕事を斡旋し、働いた分の正当な対価(賃金)を必ず支払う。ここで、もう一度『自分自身の人生』を建て直しなさい」


 生活困窮者自立支援。

 単に借金をなくすだけでは、人は再び貧困に陥る。彼らに適切な仕事(就労支援)と居場所を提供し、自立の喜びを取り戻させることこそが、本当の救済なのだ。

 男たちの顔に、絶望ではない、明日を生きるための確かな希望の火が灯ったのを確認し、私はアルジェントと共に村の中心へと歩き出した。

 大国との摩擦は避けられないだろう。だが、私たちの築き上げた『誰も見捨てない理』は、どんな巨大な武力にも決して屈することはない。


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