第21話 崩壊する王国と、国際連帯の理《インターナショナル・ソーシャルワーク》
黎明連邦アジールが未曾有の繁栄を謳歌する一方で、南に位置する光の王国は、自らが撒いた種によって凄惨な自壊の道を辿っていた。
「湊さま。王都からの潜入調査より戻りました。……光の王国は、事実上崩壊しました」
執務室に音もなく現れたゼノが、片膝をついて報告を上げた。
私は人間の姿で椅子に深く腰掛け、彼の報告に耳を傾ける。傍らでは、白蘭が私の肩を熱心に揉みほぐし、アルジェントが地図を広げていた。
「崩壊、か。クーデターでも起きたのか?」
「はい。王国が『生産性のないお荷物』として高齢者や病人を我が国に投棄した結果、王国の農地とインフラは完全に機能停止しました。知識と技術を持つ熟練者を失った若者たちは、作物の育て方も、治水設備の直し方も分からなかったのです」
ゼノの言葉に、アルジェントが重い溜息をついた。
「……当然の帰結です。技術の継承を軽視し、肉体労働力だけを搾取し続ければ、社会の基盤はいずれ砂上の楼閣と化す」
「ええ」とゼノは頷く。「深刻な大飢饉が発生し、限界を迎えた平民や下級兵士たちがついに反乱を起こしました。王族と上位貴族は捕縛され、処刑されたとのことです」
「自業自得ですね! これで湊さまの敵は自滅しました!」
白蘭が嬉しそうに私の肩を揉む手に力を込める。しかし、ゼノの報告はそこで終わりではなかった。
「ですが、真の地獄はそこからでした。反乱軍は国を乗っ取ったものの、彼らには『国を運営する知識』がありません。食料庫は空っぽで、行政システムは停止。今は反乱軍の中で、残されたわずかな食料を巡って内戦状態に陥っています。数万の民が、数日以内に餓死するでしょう」
その時、執務室の扉が乱暴に叩かれた。警備担当のゴブリン、鋭牙だ。
「湊さま! 国境に、光の王国の反乱軍の使者が来ました! 丸腰で、ボロボロになって……どうか、食料を分けてほしいと土下座しています!」
私は静かに立ち上がった。
かつての敵国。自分たちを迫害し、数千の民をゴミのように捨てた憎き国。鋭牙も、そしてアルジェントでさえ、少しの逡巡を見せた。
「湊さま。彼らを放置すれば、王国は完全に滅びます。その後で我々が進駐し、無人の領土を頂くのが、軍事的には最も損害のない『勝利』ですが……」
「それは『勝利』ではない、アルジェント」
私は彼らを真っ直ぐに見据えた。
「隣国が飢えと内戦で地獄絵図になっている時、高い壁の向こう側で自分たちだけが豊かに暮らす。それは、私が目指す『誰も見捨てない社会』とは呼べない」
前世の歴史でも、貧困や飢餓で崩壊した国家は、やがて過激な思想を生み、難民の大量流出やテロリズムという形で必ず周辺国に火の粉を撒き散らした。
真の平和は、一国だけの繁栄では決して達成されないのだ。
「私たちは、彼らを支配しないし、見捨てもしない。自立のための『支援』を行う」
「支援……ですか?」
「ああ。これより、黎明連邦アジールは、国家規模の『国際ソーシャルワーク』を展開する」
数時間後。私は人間の姿――かつて王国が搾取し殺した聖女ルミナの面影を持つ姿のまま、アジールの支援部隊を率いて光の王国の王都へと空間転移した。王都の中央広場は、暴動の爪痕と、飢えに苦しむ数万の民で埋め尽くされていた。
突如として現れた私たちに、反乱軍の兵士たちが力なく槍を向ける。
「な、何者だ……! 魔物の国の軍隊か……!?」
「待て、あの銀髪の女性は……ルミナ様? いや、ルミナ様は地下で……」
混乱する群衆の前に、私は進み出た。
「私は黎明連邦アジールの代表、九条湊。武器を引け。私たちは君たちの命を奪いに来たのではない」
私は固有能力《理を編む者》を最大出力で起動した。
「対象国家のインフラ再構築を宣言。広域展開術式・『国際連帯の理』起動!」
私の背後から、剛鬼たちが運んできた数十台もの荷馬車が次々と現れた。中には、アジールで豊富に実った麦や野菜、そしてドワーフが打った真新しい農具が積まれている。
群衆から、悲鳴のような歓声が上がった。
「食い物だ!」「助かった、これで子供が死なずに済む……!」
飢えた民衆が殺到しようとするが、私は魔力による不可視の壁を展開して彼らを制止した。
「慌てるな。食料は全員に行き渡るよう、こちらで『配給』を管理する」
私は、ルシアとゼノたち実務部隊に目配せをした。彼らが手際よく配給所を設営し、最も衰弱している子供や病人から順に温かいスープを配り始める。
反乱軍のリーダーらしき青年が、震える足で私の前に歩み寄り、そのまま土下座した。
「あ、ありがとうございます……! 俺たちは、あなた方の国にひどいことをしたのに……どうして、救ってくれるのですか。俺たちを奴隷にするためですか?」
「奴隷にはしない。だが、これはただの施しでもない」
私は青年に向かって、冷徹に、しかし確かな希望を込めて言った。
「君たちは、国を治める方法を知らない。だから、私たちがそれを教える。君たちの国が再び自立し、自分たちの足で立てるようになるための『技術支援』だ」
その言葉と共に、私の傍らに数人の老人が進み出た。彼らはかつて、王国から「お荷物」としてアジールに捨てられた老人たちだ。アジールの医療で健康を取り戻し、パリッとした行政官の服を着こなしている。
「な……爺さん!? 生きていたのか!」
青年が驚愕の声を上げる。
「ああ。アジールの湊さまのおかげでな」
かつて王都で財務を任されていたという老人が、胸を張って言った。
「お前たち若造だけじゃ、国の帳簿の付け方も、冬越しの麦の計算もできまい。わしらがアジール流の『福祉と経済の回し方』を、骨の髄まで叩き込んでやる」
単なる物資の援助ではなく、行政システムと知識の譲渡。
アジールの顧問官となった老人たちが、かつて自分たちを捨てた祖国を救うために、教育者として凱旋したのだ。
「今日から、光の王国は私たちの『兄弟国』となる。君たちはここで、身分も種族も関係なく、誰もが安心して暮らせる国を自分たちの手でゼロから創り直すんだ」
私の宣言に、王都の広場は、憎しみでも絶望でもない、新たな時代への歓喜の涙に包まれた。
武力による侵略や支配ではなく、福祉制度の輸出と、国際的な連帯による自立支援。それは、剣と魔法の世界において、誰も成し得なかった究極の「平和的制圧」だった。
黎明連邦アジールと光の王国。二つの国が手を結んだこの日、異世界の歴史は、争いの時代から『福祉の時代』へと、決定的なパラダイムシフトを果たしたのである。




