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転生スライムの異世界ホワイト建国記 ~剣と魔法より「福祉」が最強な件について~~  作者: ひより那


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第2話 貧困の連鎖と、強み《ストレングス》の開花

 ゴブリンたちに案内された彼らの集落は、控えめに言っても「限界集落」そのものだった。

 切り立った崖の斜面に掘られた無数の横穴。雨風を凌ぐだけのその場所には、悪臭と湿気が澱み、病の温床となる条件が完璧に揃っていた。

 穴の奥からは、飢えに泣く幼いゴブリンの声や、怪我をして動けない者たちの苦しげな呻き声が絶え間なく響いてくる。


「……これが、俺たちの現状だ」


 若きリーダー格である鋭牙えいがが、苦々しい表情で崖を見上げた。

 彼の体にも無数の生傷が絶えない。毎日、森へ命がけの狩りに出ている証拠だった。


「あんたが結界を張って、見捨てない掟を作ってくれたことは感謝する。だが……現実は厳しい。働けない者を養うにも、そもそも俺たちが一日に獲れる食料は、全員の腹を満たすには圧倒的に足りねえんだ」


 鋭牙の言う通りだ。

 いくら私が「生存権」を叫び、絶対保護の結界を張ろうとも、配るべきパンがなければ、待っているのは緩やかな共倒れでしかない。維持するためには、確固たる『財源』が必要なのだ。


 私はゼリー状の体を少し膨らませ、集落全体を見渡した。

『ユニークスキル《理を編む者》、起動。対象集落の環境及び資源を解析アセスメントします』


 脳内に集落の立体マップと、各個体の健康状態、能力値がデータとして可視化される。

 なるほど。若者たちは身体能力こそ高いが、狩りの方法は行き当たりばったりの力押しだ。怪我の多さも頷ける。


「食料がないなら、獲る効率を上げればいい。無駄な労力を削り、最大の成果を上げる仕組みを作るんだ」

「仕組み……?」

「ああ。そのためには、まず『使われていない財産』を活用させてもらう」


 私は、群れから見捨てられかけていたあの老ゴブリンの元へ滑り寄った。回復薬ポーションで足の傷は癒えたものの、彼はまだ自身の存在価値を信じ切れていない様子で、所在なさげに背中を丸めていた。


「老爺よ。君の知識が必要だ。君の名は?」

「名など、わしらのような下級の魔物にはねえだよ……」

「そうか。では、今日から君を灰智かいちと呼ぼう。灰の中に埋もれた、輝く智恵という意味だ」


 私がその言葉を口にした瞬間、私の体内から微量の魔力が抜け出し、老ゴブリン――灰智の体を温かな光が包み込んだ。

 光が収まると、背筋が少し伸び、濁っていた瞳に理知的な光が宿っていた。

『個体名付与による存在進化ステータス・アップを確認。対象の記憶領域が整理されました』


「おお……頭のモヤモヤが晴れていくようだ……」

「灰智。君は若い頃、この森を誰よりも歩き回ったはずだ。季節ごとの獣の通り道、仕掛けるべき罠の作り方、そして怪我に効く薬草の場所。それを、鋭牙たちに教えなさい」


 福祉の世界には『ストレングス視点』という言葉がある。

 対象者が「できないこと」ばかりに目を向けるのではなく、その人が持っている「強み」や「経験」を見つけ出し、それを解決の糸口にする手法だ。

 肉体的な力は失われても、彼の中に蓄積された経験というデータは、この過酷な森を生き抜くための最高のソフトウェアである。


「わ、わしの知識なんかで、役に立つのか……?」

「当然だ。君が作戦を立て、鋭牙たちが実行する。これが私の敷く『役割分担』だ」


 灰智の瞳から、戸惑いが消え、確かな誇りのようなものが芽生えるのを私は感知した。

 それから数時間後。私たちは灰智の指示のもと、森の奥深くにある獣道に罠を仕掛け、待ち伏せていた。若者たちが闇雲に走り回っていた昨日までとは違う、計算された狩りの始まりだ。


 ――ズシン、ズシンッ! 地鳴りのような足音が近づいてくる。

 藪をなぎ倒して現れたのは、巨大な猪の魔物だった。全身が岩のような分厚い甲殻に覆われた、装甲猪アーマーボアだ。通常、ゴブリンの粗末な武器では傷ひとつつけられない強敵である。


「で、出たぞ! 灰智の爺さんの言う通り、本当にこの獣道に現れやがった!」

 鋭牙が興奮と恐怖の入り混じった声を上げる。


「よし、予定通りだ。鋭牙、君たちは私が指示した配置に散開しろ。絶対に直接攻撃はするな」


 私は彼らに指示を飛ばすと同時に、スキルを発動した。


「陣形魔法、共鳴する連帯(チーム・アプローチ)!」


 私と鋭牙たち若きゴブリンたちを、目に見えない魔力の糸が繋ぐ。

 これは、『多職種連携』の概念を魔術化したものだ。個々の能力をネットワーク化し、全員の動きを一つの意志のように同調させる。


 鋭牙たちが一糸乱れぬ動きで装甲猪の周囲を駆け回り、投石や木の枝で注意を引く。巨体が苛立ち、彼らへ突進しようとしたその瞬間――灰智が仕掛けせていた落とし穴に、猪の巨体が前のめりに突っ込んだ。


「ブギィィィッ!?」

「今だッ!」


 動きが止まった装甲猪の頭上へ、私は木の上から跳躍した。

 硬い装甲を破るには、物理的な打撃ではなく、内部からの破壊が必要だ。私はスライムの特性を活かし、自らの体を極限まで鋭利な針状に変形させ、装甲の僅かな隙間――関節部へと滑り込ませた。


「対象の急所を看破。能力解放(エンパワーメント)、自己適用による限界突破!」


 私の体内で圧縮された魔力が、猪の体内で爆発的に膨張する。

 重く鈍い破壊音が響き、装甲猪は断末魔を上げる間もなく絶命し、巨大な肉塊となって地面に倒れ伏した。


「……す、すげえ……。あんなバケモノを、怪我人ゼロで仕留めちまった……」


 鋭牙が、震える手で自身の武器を握り締めながら呟く。


「これが『連携』の力だ。誰か一人で抱え込むのではなく、全員の強みを繋ぎ合わせることで、不可能を可能にする」


 私は猪の巨体の上に降り立ち、集まってきたゴブリンたちを見渡した。


「この獲物は、今日から始まる『共同備蓄(セーフティネット)』の第一号だ。この肉は狩りに参加した者だけのものではない。集落で待つ子供たちや、怪我人たちにも平等に分配する。……文句のある者はいるか?」


 私の問いかけに、鋭牙は力強く首を振った。


「あるわけねえ。俺たちの力だけじゃ、こいつの尻尾すら傷つけられなかった。灰智の爺さんの知恵と、あんたの力が繋がって獲れた肉だ。……誰も見捨てない群れってのは、こういうことなんだな」


 彼の言葉に、他のゴブリンたちも次々と頷く。

 これでようやく、彼らは最強の生存戦略の入り口に立ったのだ。


「さあ、宴の準備をしよう。腹を満たし、明日はあの不衛生な横穴を叩き壊して、まともな家を造るぞ」


 私がそう宣言すると、森中に響き渡るような歓声が上がった。

 社会保障制度の根幹となる『富の再分配』は、こうして魔物の集落に初めての熱狂をもたらしたのだった。

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