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《完結》転生スライムの異世界ホワイト建国記 ~剣と魔法より「福祉」が最強な件について~~  作者: ひより那


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第19話 悪意の寄生と、資力調査《ミーンズ・テスト》

 コルム村での訪問援助アウトリーチを皮切りに、光の王国の辺境から黎明連邦アジールへと逃げ込んでくる難民の数は爆発的に増加していた。

 私たちは彼らを拒むことなく受け入れ、医療を施し、住居と仕事を与えた。誰もが餓えることなく、働いた分だけ報われる。その噂は王国の底辺層にとって、まさに暗闇に差す蜘蛛の糸だった。


 だが、蜜のある所には必ず群がる羽虫が現れる。


「湊さま。最近保護した難民のグループの中に、不審な動きを見せる者たちがいます」


 執務用の天幕。いつものように白蘭ハクランの胸元にスライムの姿で収まりながら報告を聞いていた私は、諜報員として活躍し始めた少年、ゼノの言葉に意識を向けた。

 元・王国の暗殺者である彼の隠密技術は、今やアジールの国内の治安維持に欠かせないものとなっている。


「不審な動き、とは?」

「はい。彼らはアジールに到着すると、すぐに重病や大怪我を訴え、無償の医療を受けます。そして『最低生活保障ミニマム・ウェイジ』として支給された通貨のほとんどを、裏で特定の男に上納しているのです。……それも、自発的にではなく、脅されているように見えました」


 ゼノの報告に、同席していたアルジェントが顔をしかめた。


「手引きをした対価として、国から支給された保護費を搾取しているというのか。王国ではよくある手口だが……この国にも入り込んでくるとは」


 いわゆる『貧困ビジネス』だ。

 手厚い社会保障制度(セーフティネット)が存在する場所には、その制度にタダ乗り(フリーライダー)し、弱者を仲介することで利益を貪ろうとする悪意が必ず寄生する。彼らは病気や怪我を偽装させ、国の財源から不正に金を引き出すのだ。


「許せません!」


 私を抱えていた白蘭が、怒りで声を震わせた。


「湊さまの慈悲を食い物にする寄生虫どもめ! そんな怪しい連中、最初から国に入れなければいいのです! 難民の受け入れ審査をもっと厳しくし、少しでも疑わしい者は門前払いにしてやりましょう!」


 白蘭の怒りはもっともだ。善良な市民が働いて納めた税を、悪党が騙し取るなど言語道断である。審査を厳格化し、不正を入り口で弾く。それは一見、最も合理的な解決策に思える。


「駄目だ、白蘭。それは『水際作戦』という最悪の悪手だ」

「水際……作戦、ですか?」

「そうだ。不正を恐れるあまり審査の入り口を狭くすれば、どうなると思う? 不正を働く悪党はあの手この手で網の目をすり抜けるが、本当に助けが必要で、声を上げる気力すら残っていない『真の弱者』たちは、複雑な審査の前に絶望し、見捨てられてしまうんだ」


 前世の福祉現場でも、不正受給を叩く世論に押されて保護の窓口が閉鎖的になり、結果として何の罪もない困窮者が餓死する事件が後を絶たなかった。

 一人の不正を恐れて、九十九人の弱者を切り捨てる。そんな冷酷なシステムを、私は絶対に許容しない。


「入り口は常に広く開けておく。必要なのは、入った後の徹底した事実確認と、悪意の排除だ」


 私は白蘭の腕から飛び降り、魔力を練り上げた。

 光と共にスライムの体が再構成され、銀髪碧眼の『人間の姿』へと変貌する。悪を裁くには、この姿の持つ圧倒的な威圧感が必要だ。


「ゼノ。その元締めの男の居場所は割れているな?」

「はい。第三居住区の裏通りです」

「行くぞ。厳正なる『資力調査ミーンズ・テスト』の時間だ」


 深夜の第三居住区。薄暗い路地裏で、豪奢な服を着た光の王国の悪徳商人と、その用心棒らしきゴロツキたちが、怯える難民たちから通貨である『テイル』を巻き上げていた。


「いいか、俺がお前らをこの天国みたいな国に連れてきてやったんだ。紹介料として手当の八割をいただくのは妥当な契約だろうが」


 商人が、じゃらじゃらと硬貨を鳴らしながら下劣に笑う。


「ここの魔物どもは頭がお花畑だからな。怪我人を見ればタダで治して、金までくれる。おい、お前。明日は階段から落ちて腕でも折ってこい。そうすれば『特別療養費』が追加で出るからな」


「そ、そんな……もう痛い思いは嫌だ……」


 難民の男が泣きながら懇願するが、用心棒が容赦なく蹴り飛ばす。


「君の言う通り、私たちの国は誰でも受け入れる」


 静かな、しかし路地裏の空気を一瞬で凍りつかせる声。

 私は認識阻害の魔法を解き、闇の中から彼らの前へと歩み出た。背後にはアルジェントとゼノが影のように控えている。


「な、なんだお前は! 人間……いや、その顔は、死んだはずの聖女ルミナ……!?」


 商人が目を見開き、後ずさる。


「だが、私たちの国は『他者を搾取する自由』までは認めていない。君たちの行いは、保護制度へのタダ乗り(フリーライダー)および、弱者からの不当搾取。万死に値する重罪だ」


 私が宣告すると、商人は一瞬怯んだものの、すぐに開き直って嘲笑した。


「へっ、ふざけるな! 俺はこいつらの『代理人』として正当な契約を結んでいるだけだ! お前らの国の制度の甘さを突いただけで、何ら違法じゃねえ! 嫌なら、この国の手厚い保護とやらをやめちまえ!」


 自己の利益のためなら、他人の善意で作られた制度すら破壊しようとする悪意。私は静かに、冷酷に彼を見下ろした。


「制度の甘さではない。善意を前提としたシステムを悪用した、君の『罪』だ。対象の不正な財産移転を検知。術式・『強制差し押さえ』実行」


 私が手をかざすと、商人が懐に抱え込んでいた大量の硬貨が眩い光に包まれた。

 通貨『テイル』には、私の魔力が僅かに織り込まれている。光の粒となった硬貨は商人の手からすり抜け、本来の持ち主である難民たちの手元へと瞬時に還っていった。


「なっ……俺の金が! や、やりやがったな! おい、こいつを殺せ!」


 商人が喚き、用心棒たちが武器を抜いて襲い掛かってくる。だが、アルジェントが動くまでもない。

 私は指先を軽く振るい、不可視の魔力圧で彼らの両膝を正確に砕き、地面に這いつくばらせた。


「ギャアアアッ!?」

「ひぃっ……! た、助けてくれ! 金は返す、二度とこんなことはしないから!」


 商人が恐怖に顔を歪め、命乞いをする。


「君たちを処刑はしない。だが、法治国家の裁きは受けてもらう」


 私は彼らに向かって、絶対の理を叩きつけた。


「君たちには、我が国のドワーフ鉱山での『強制労働』の罰を科す。君たち自身が他人に強要しようとした苦痛と労働を、自らの肉体で味わい、この国から騙し取ろうとした金額の十倍を稼ぐまで、決してその鎖を外すことはない」


 絶望に泣き叫ぶ商人と用心棒たちをゼノに引き渡し、私は怯えて身を寄せ合う難民たちへと向き直った。人間の姿のまま、目線を合わせるように膝をつく。


「君たちが脅されて従っていたことは、事前の『資力調査ミーンズ・テスト』で全て把握している。だから、君たちを罰することはないし、国から追い出すこともない」

「ほ、本当ですか……? 俺たちみたいな足手まといでも……」

「誰もが最初は足手まといだ。明日からは、自分のために働き、自分のために金を使っていい。君たち自身の人生を取り戻しなさい」


 私が微笑みかけると、難民たちは安堵の涙を流し、何度も地面に額をこすりつけた。


 後日。執務室でスライムの姿に戻った私を抱きしめながら、白蘭が感嘆の息を漏らした。


「不正は決して許さず、それでも弱者は切り捨てない。湊さまの目は、どんな悪意も誤魔化せませんね。水際で追い返そうと言った私がお恥ずかしいです」

「いや、白蘭の怒りも正しい防衛本能だ。福祉国家を維持する上で、フリーライダーとの戦いは永遠の課題だからな。イタチごっこになるかもしれない」


 私はスライムの体で、彼女の腕の温もりを感じながら窓の外を見上げた。


「だが、一人の不正を恐れて、助けを求める百人の扉を閉ざすような真似はしない。何度悪意が寄生しようとも、その度に私が理で焼き尽くすだけだ」


 それが、最強の福祉国家の盟主たる私の、決して揺るがぬ覚悟であった。


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