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《完結》転生スライムの異世界ホワイト建国記 ~剣と魔法より「福祉」が最強な件について~~  作者: ひより那


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第17話 継承の儀式と、受容の理《グリーフケア》

 隠し部屋の空気は、濃厚な死の匂いと、行き場のない悲しみに満ちていた。

 無数の管に繋がれ、王国の魔力電池として搾取され尽くした聖女。彼女の生命力はすでに限界を超え、私が回復魔法を施そうにも、生命を維持する器そのものが崩壊し始めていた。


「……私の命は、もう終わりです。王家の者たちに、治癒の力を絞り尽くされました……。でも、もしあなたが……優しい魂の持ち主なら……」


 彼女は最後の力を振り絞り、管を引き千切るようにして、私に向かって震える手を伸ばす。


「私の残った魂と願いを……どうか、食べてください。人間たちが作ったこの残酷な世界を、あなたが……終わらせて……」


 ただの捕食ではない。彼女は自らの存在そのものを、私という器に託そうとしているのだ。


 アルジェントが、悲痛な面持ちで片膝をついた。


「……ルミナ様。光の王国の真の守護者であったあなたが、なぜこのような非道な目に……」

「アルジェント……あなた、生きていたのですね。よかった……」


 聖女ルミナは、盲目の騎士の声に気づき、微かに微笑んだ。


「私が王家に逆らい、貧しい人々や病に苦しむ者たちを勝手に救ったからです。彼らにとって、利益を生まない弱者の救済は、国を傾ける反逆行為でした。そして私は、地下の暗闇に繋がれ……今日まで、ただ力を吸われるだけの道具として……」


 彼女の目から、ひとすじの涙がこぼれ落ちた。


「……悔しい。私はただ、誰もが笑って暮らせる国を作りたかっただけなのに。私には、力が足りなかった……!」


 その涙の重さを、私は痛いほどに理解できた。

 前世の私も、理不尽な社会構造の前に何度も無力感を味わった。救えなかった命、届かなかった声。それらを背負い続けるのが、私たちの仕事ソーシャルワークの宿命だ。

 私はスライムの体をゆっくりと伸ばし、彼女の震えるその冷たい手を包み込んだ。


「対象の悲嘆に寄り添う。術式・『受容の理(グリーフケア)』」


 私のコアから、温かく柔らかな光が溢れ出し、ルミナを包み込む。

 グリーフケア――大切なものを失い、深い悲嘆に暮れる者の心に寄り添い、その痛みを共に背負いながら、新たな意味を見出すための援助技術。

 私は彼女の絶望、後悔、そして誰よりも人を愛したその温かい記憶のすべてを、否定せず、ただ静かに受け止めた。


「ルミナ。君の願いは決して間違っていない。そして、君の祈りは無駄にはならない。私が、君の見たかった明日を必ず創り上げる。君の魂は、私の国で永遠に生き続ける」

「あぁ……なんて、温かく……優しい光……。あなたに出会えて、本当によかった……」


 彼女の身体が、ゆっくりと黄金の光の粒子へと変わり始める。

 スライムである私が他者の能力を得る手段は、本来なら『捕食』だ。だが、これは違う。彼女の完全な同意と、私の絶対的な受容に基づく、魂の『継承』だ。


「私のすべてを、あなたに託します。……どうか、この世界を……」


 ルミナの身体が完全に光の粒子となり、私のスライムの体へと吸い込まれていく。

 その瞬間、私の中に膨大な記憶と、世界を構成する魔力の真理、そして何より『人間の姿』という確固たる器の設計図が流れ込んできた。


『固有能力《理を編む者》。対象・ルミナの魂と能力の完全な受容を確認。それに伴い、擬態能力が進化します。……肉体の再構成リビルドを開始します』


 私を構成する粘性体が、内側から激しく熱を帯びる。

 スライムという不定形の存在から、骨格が形成され、筋肉が紡がれ、皮膚が覆っていく。魔力と魂が融合し、一つの完璧な『人間』の器を創り上げていく。


 まばゆい光が地下室を満たし、やがてそれが収束した時――。


 私は、自らの足で冷たい石畳の上に立っていた。


「……湊さま……?」


 白蘭ハクランが、呆然とした声で呟く。


 私はゆっくりと目を開けた。

 視界の高さが、以前とは全く違う。全方位を感知する魔力感覚ではなく、二つの瞳を通して見る、鮮やかな色彩の世界。肺に空気を吸い込み、吐き出すという生命の律動。

 私は自らの手を見下ろした。白く、細く、しかし確かな力強さを秘めた人間の手。

 足元に落ちていた水溜まりに、私の姿が映る。

 透き通るような銀髪に、吸い込まれるような碧い瞳。それはルミナの面影を確かに残しながらも、前世の私の意志を宿した、中性的で玲瓏たる美しさを持つ人間の姿だった。


「……これが、人間の身体か」


 私が声帯を振るわせて発した声は、念話とは違う、空気の振動を伴う確かな「人間の声」だった。静かで、どこまでも澄み切った声。


「湊、さま……! あぁ、なんて美しく、気高いお姿……!」


 白蘭が膝から崩れ落ち、感極まったように両手で顔を覆ってむせび泣く。

 アルジェントも、共感覚領域センサー・フィールドで私の姿を認識し、深く首を垂れた。


「ルミナ様の魂が、湊さまと共に……。これほど心強いことはありません」


 私は歩み寄り、自らの手でアルジェントの肩に触れた。


「君の忠義を、彼女も誇りに思っていた。これからは、彼女の分まで私の力になってくれ」

「御意……! この命、果てるまで!」


 アルジェントが人間の手のひらの温もりに肩を震わせ、誓う。


 次に私は、涙を流す白蘭の前にしゃがみ込み、その頭を優しく撫でた。

 社会福祉において、言葉を使わずに相手に触れる非言語ノンバーバル・コミュニケーションは、時にどんな雄弁な言葉よりも対象者の心を救う。人間の姿を得たことで、私はその最強の手段を手に入れたのだ。


「白蘭。これからは、君に抱えてもらう機会が減るかもしれないな。少し寂しいか?」

「そ、そんなことは……! 湊さまが直接私に触れてくださるなんて、最高のご褒美です! むしろ、今すぐ私を力一杯抱きしめていただいても……っ!」

「それは後で考えよう」


 私は微笑み、立ち上がった。


 人間の姿を得たことで、私はただの理を説くシステムから、痛みと温もりを分かち合える「指導者」へと昇華した。

 スライムの体では届かなかった言葉も、この顔で、この声で語りかければ、より深く人々の魂に響くはずだ。

 そして何より、この姿は光の王国にとって最大の脅威にして、最高の大義名分となる。王国が切り捨て、殺したはずの聖女の魂が、黎明連邦の盟主として彼らの前に立ち塞がるのだから。


「ゼノ、待たせたな。妹のリーネのもとへ帰ろう。私たちの国へ」


 私は、部屋の隅で事の顛末を呆然と見守っていた少年に声をかけた。


 ゼノは弾かれたように立ち上がり、深く頷いた。


「はい……! 湊さま!」


 私たちは隠し部屋を後にした。

 ルミナの記憶が、光の王国の腐敗のすべてを私に教えてくれた。権力者たちが富を独占し、弱者を搾取するシステムの全貌を。

 私は歩きながら、自らの内に宿る新しい力と、絶対の覚悟を噛み締める。

 福祉とは、ただ弱者を保護するだけの甘いものではない。弱者を食い物にする理不尽なシステムを、法と力の両面から徹底的に破壊し、新たな秩序を構築する戦いだ。


 人間の姿を得た私は、もはやただの魔物ではない。

 黎明連邦アジールの絶対の理。光の王国よ。君たちが作り上げた絶望の連鎖を、私がこの手で終わらせてやる。


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