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《完結》転生スライムの異世界ホワイト建国記 ~剣と魔法より「福祉」が最強な件について~~  作者: ひより那


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第11話 五千の迷い子と、段階的欲求の理《マズロー・ピラミッド》

 一滴の血も流さず、光の王国の五千の兵士を私たちの連邦に迎え入れた。

 それは歴史的な大勝利として後世に語り継がれる出来事かもしれない。しかし、勝利の余韻に浸る余裕など、私たちには一秒たりとも与えられなかった。


「湊さま! 食料の備蓄がものすごい勢いで減っています! このままでは三日と持ちません!」

剛鬼ごうきの兄弟たちが大急ぎでテントを張っていますが、全然足りねえ! あぶれた連中が広場で野宿を始めて、小競り合いが起きてます!」


 鋭牙えいがとドワーフの巌鉄がんてつが、悲鳴のような報告を上げてくる。

 無理もない。これまでの村の人口を遥かに超える五千人もの人間が、着の身着のままで押し寄せてきたのだ。前世の言葉で言えば、巨大な災害によって発生した大規模な難民キャンプである。


 武器を捨て、自由と安全を求めてやってきた元兵士たち。だが、彼らの顔には今、別の恐怖が浮かんでいた。


「おい、本当に飯は出るんだろうな?」「どこで寝ればいいんだ!」「怪我の治療をしてくれると聞いたぞ!」


 極限の疲労と不安が、彼らを暴徒の一歩手前まで追い詰めている。


「湊さま。ここは武力で一旦制圧し、恐怖で秩序を保つべきでは……」


 アルジェントが擬似右腕の剣に手をかけながら進言する。


「駄目だ。恐怖による支配は、彼らが逃げ出してきた前の国と同じだ」


 私はゼリー状の体を一段と大きくし、騒然とする広場を見渡した。


「彼らは今、パニック状態にある。前世の賢者(マズロー)が提唱した『欲求階層説』によれば、人間はまず『生理的欲求(食と睡眠)』と『安全の欲求』が満たされなければ、理性的な判断などできないのだ」


 説得やルールの押し付けは後回しだ。まずは圧倒的な物量で、彼らの生存の不安を取り除かなければならない。


全自動初期評価オート・インテーク、及び段階的欲求充足マズロー・ピラミッドを起動!」


 私は自身のコアから、五千の光の粒を空へ向けて放った。

 光の粒は雪のように降り注ぎ、元兵士たちの額に一つずつ吸い込まれていく。

 瞬間、私の脳内に五千人分の生体データ、精神状態、得意な技能、家族構成といった『事前評価アセスメント』の情報が、完璧に整理されたデータベースとして構築された。


「鋭牙、巌鉄。彼らの顔色や文句を聞く必要はない。私の指定した色分け通りに彼らを誘導しろ」

「色分け……あ、彼らの足元に光る円陣が!」


 元兵士たちの足元に、赤、青、緑、黄色の魔方陣が浮かび上がった。

 私は全員の脳内に直接、思念を届ける。


『聞いてほしい。君たちの状況は全て私が把握した。足元の円が赤い者は怪我人や病人だ。そのまま動かず待機しろ、すぐに回復魔法の処置を行う。青い者は最も疲労が激しい者だ。西側に設営された巨大テントで直ちに睡眠をとれ』


 自分の状態を完璧に言い当てられ、具体的な指示を与えられたことで、彼らのパニックが急速に収まっていく。


『緑の者は比較的体力が残っている者。中央の配給所へ行き、温かいスープを受け取れ。そして黄色の者……君たちは健康で、かつて建築や大工の経験がある者たちだな』


 黄色の円陣の上に立つ数百人の男たちが、ビクッと肩を揺らす。


「な、なんで俺の昔の仕事を知ってるんだ……」

「君たちの経験と力を貸してほしい。五千人が雨風を凌ぐ家を、今から君たち自身の手で造るんだ」


 私は自らの魔力を大地に注ぎ込んだ。

 ズズズッ……と地鳴りが響き、ドワーフの村へと続く街道の脇に、広大な平地が均され、基礎となる石組みが数百軒分、瞬く間に形成されていく。


「基礎と建材は私が用意した。ここからは、君たちの仕事だ」


 私は黄色の者たちに向けて告げた。


「君たちはもう、誰かの戦争のために使い捨てられる駒ではない。自分たちが明日から暮らす『家』を、自分の手で建てるんだ。働いた分は、この国の通貨と美味い食事で必ず報いる」


 ただ施しを与えるだけでは、人は「保護されるだけの無力な存在」に陥ってしまう。必要な支援を行いながらも、彼らの持っている(ストレングス)を即座に引き出し、社会に参加する役割を与える。これが『自立支援』の鉄則だ。


「……自分たちの、家……。俺たちが、作っていいのか……?」

「ああ。君たちは今日から、この連邦の誇り高き『建設民』だ」


 黄色の円陣の男たちの目に、確かな光が宿った。


「おい、聞いたか! 俺たちの家だ! 剣を置いて、金槌を持て!」

「剛鬼の旦那! 木材の運搬なら俺たちが手伝うぜ!」


 活力が伝染した。黄色の者たちが先頭に立ち、緑の円陣の者たちも食事を終えると自発的に作業に加わり始めた。

 数時間前まで暴徒と化しかけていた難民の群れが、見事な連携を持つ巨大な建設チームへと変貌を遂げたのだ。


「……恐ろしいお方だ。五千の混乱を瞬時に鎮め、逆に彼らを国の労働力へと変えてしまうとは」


 アルジェントが、魔法による癒しを終えた赤い円陣の者たちを案内しながら、感嘆の息を漏らす。


「恐ろしくはないさ。ただ、彼らが『どうすれば安心できるか』『どうすれば生きがいを持てるか』という順序を間違えなかっただけだ」


 夕闇が迫る頃には、平原に何百もの頑丈な仮設住居が立ち並び、至る所で煮炊きの煙が上がり始めていた。


 笑い声が聞こえる。明日を生きるための、人間の逞しい声だ。


 五千の人間を吸収したことで、このコミュニティは「村」や「集落」という枠組みを完全に超えた。

 住む場所があり、食料があり、仕事があり、医療と教育が保障されている。ここはもはや、世界で最も理にかなった、最強の『福祉国家』の首都だ。


「さて。人が増えれば、次の問題が起きる。法律の整備と、通貨の統一だな」


 私は、遠くに見える光の王国の空を見据えながら呟いた。彼らの脱走を、大国がこのまま黙って見過ごすはずがない。だが、どんな圧力にも屈しない。私たちが創り上げたこの「理」は、もはや誰にも壊すことのできない絶対の防壁なのだから。


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