第441話「百年後の記録」
ゼルの崩御から百年。
王都は幾度もの世代交代を経て、新しい時代を迎えていた。
石畳は敷き直され、街路樹は大きく育ち、王城には行政官や学者たちが集うようになっている。かつて血と恐怖で支配された都は、人々が学び、暮らし、未来を育てる都市へと姿を変えていた。
それでも、北端だけは百年前と変わらない。
黒い贖罪塔。
周囲には立入禁止の石柵が設けられ、年に一度だけ記録官と石工が外壁を調査する決まりとなっていた。
若い記録官は古い帳面を抱え、塔の前で立ち止まる。
「本当に残っているのでしょうか。」
老いた石工は静かに頷いた。
「耳を澄ませ。」
若い記録官は黒い石へ耳を近づける。
厚い壁の奥から、かすかに声が届いた。
怒り。
後悔。
懺悔。
絶望。
そして乾いた泣き声。
五つ。
百年が過ぎても、一つも欠けていない。
記録官は震える手で帳面を開く。
今日の日付を書き込み、その下へ短く記した。
『贖罪塔、異常なし。五人の声、継続。』
それだけで十分だった。
塔は処刑場ではない。
見世物でもない。
国家が二度と同じ罪を繰り返さないため、静かに存在し続ける記録そのものだった。
夕日が塔を赤く染める。
人々の日常は続く。
そして塔だけが、百年前と変わらぬ時間を刻み続けていた。
(次話へ)




