第440話「王の最期」
ゼルが王位に就いて四十二年。
王都は、もはや地下施設の存在を知らない世代が大半を占めるようになっていた。
十五歳以下保護法は国の常識となり、地方自治も根付き、人々は王都だけに頼らず、それぞれの土地で暮らしを築いている。
ある冬の朝。
ゼルは静かに王座へ腰を下ろした。
窓から差し込む朝日が、白くなった髪を柔らかく照らしている。
机の上には、北部診療所から届いた報告書。
今年も多くの子どもたちが無事に冬を越せそうだという内容だった。
ゼルは小さく息を吐く。
長い時間だった。
失われたものは戻らない。
ルナも帰らない。
地下施設で命を落とした者たちも帰らない。
それでも、未来だけは残すことができた。
扉が静かに開く。
側近が頭を下げた。
「陛下。」
「次の報告書が届きました。」
ゼルは微笑み、小さく首を振る。
「……もう、いい。」
その言葉を最後に、瞳を閉じた。
騒ぎは起こらない。
鐘も鳴らない。
王城では役人たちが淡々と仕事を続け、市場はいつも通り開かれ、港では船が荷を降ろしていた。
王一人の死で止まる国ではない。
それこそが、ゼルが四十二年かけて築いた国家だった。
夕方。
王城北端では、黒い贖罪塔だけが静かに冬空へ立っている。
その厚い石壁の向こうでは、五人の泣き声だけが、何一つ変わることなく永遠の時間を刻み続けていた。
(次話へ)




