第436話「王の最初の仕事」
即位から三日後。
ゼルは玉座に座ったまま命令を出すことを選ばなかった。
朝早く城を出る。
護衛は最低限。
王都南区では崩れた水路を職人たちが修復していた。
下層区では孤児院へ運び込まれる食糧を修道院の者たちが整理している。
市場では地方から届いた荷車が静かに行き交い始めていた。
王都は少しずつ息を吹き返していた。
ゼルは足を止め、一人の老人へ声を掛ける。
「困っていることは。」
老人は少し驚いたあと、小さく頭を下げた。
「橋です。」
「北街道の橋が壊れたままで……荷が遠回りになっています。」
ゼルは書記官へ視線を向ける。
「最優先で修復。」
短い指示だけだった。
次は診療所。
次は孤児院。
次は港。
豪華な儀式より先に、人が生きるために必要な場所を歩き続ける。
それがゼルの選んだ王の仕事だった。
昼過ぎ、王城へ戻った彼は玉座へ座る。
机には各地方から届いた報告書が積まれていた。
税収ではない。
食糧不足。
橋の損傷。
井戸の修復。
孤児の人数。
ゼルは一枚ずつ目を通していく。
王都だけが国ではない。
地方が生きれば国も生きる。
その考えは、静かに新しい統治の形となって国中へ広がり始めていた。
そして王城北端では、黒い贖罪塔だけが変わることなく立ち続け、その奥から五人の泣き声が誰にも届くことなく響き続けていた。
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