第435話「冠なき戴冠」
ヴァルディスが贖罪塔へ送られた翌朝、王城の鐘は静かに一度だけ鳴らされた。
かつて王の即位には幾重もの儀式があり、貴族や諸侯が列をなし、豪奢な祝宴が何日も続いた。しかし、その朝の王城には華やかさは存在しなかった。
集まったのは地方行政を支える役人、港町の代表、修道院の司祭、街道管理を担う者たちだけだった。
王冠は赤い布の上へ置かれている。
宝石は曇り、黄金の輝きも失われていた。
ゼルはその前へ立つ。
だが王冠には手を伸ばさなかった。
「飾りは必要ない。」
静かな声だった。
広間に集まった者たちは、その言葉を黙って聞いている。
「王とは冠ではない。」
ゼルはゆっくりと王座へ歩いた。
石で造られた玉座は冷たく、歴代の王たちが座り続けた重みだけを静かに残していた。
腰を下ろす。
歓声はない。
拍手もない。
ただ朝日だけが高窓から差し込み、新しい王の姿を静かに照らしていた。
書記官は新しい年号を書くこともなく、一枚の法令を読み上げる。
「第一裁定。十五歳以下の者を、身分・血筋・親の罪によって裁いてはならない。」
それが新しい治世の始まりだった。
王都を支配するためではない。
二度と地下施設のような悲劇を生ませないため。
王となったゼルが最初に守ろうとしたのは、国ではなく未来を生きる子供たちだった。
誰も異を唱えない。
静かな朝の空気だけが、新しい時代の始まりを王城全体へ運んでいた。
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