第433話「最後の判決」
夜明け前の王城は、まるで長い冬を迎えた森のように静まり返っていた。赤い絨毯が敷かれた廊下には誰の足音もなく、高い窓から差し込む白い光だけが、冷え切った石床をゆっくりと照らしている。
ゼルは一人、王城最深部へと歩いていた。
その歩みを止める者はもういない。
近衛兵は剣を置き、役人は王都を去り、権力のために集まっていた者たちは、それぞれの保身を選んで姿を消していた。
重厚な扉を押し開く。
部屋の中央には、一人の男が静かに座っていた。
ヴァルディス。
机には何冊もの帳簿が並び、税収、兵力、地下施設、地方統治――王国を数字として支配してきた記録が整然と積まれている。
彼はゆっくりと顔を上げた。
「来たか。」
その声には怒りも焦りもなかった。
敗北を理解した者だけが持つ、乾ききった静けさだけが残っている。
ゼルは机へ近づき、一冊の帳簿を開いた。
そこには実験結果が並んでいた。
薬品名。
成功率。
死亡率。
だが、人の名前はどこにも書かれていない。
「……数えなかったのか。」
静かな問いだった。
ヴァルディスは目を閉じる。
「国家のために必要だった。」
「必要だったから、記録しなかった。」
返事はない。
ゼルは帳簿を閉じた。
乾いた音だけが部屋へ響く。
「判決は終わった。」
その一言で十分だった。
ヴァルディスは抵抗しない。
剣も抜かない。
最後まで合理を信じ続けた男は、自ら積み上げた理論では、この瞬間だけは覆せないことを理解していた。
窓から朝日が差し込む。
新しい一日が始まる。
だがヴァルディスにとって、その朝は未来ではなく、自らの罪と向き合う永遠の始まりだった。
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