第417話「バルカスの新台帳」
港町バルカスの船着き場には、今日も変わらず強い海風が吹き付け、船の帆を大きく揺らしていた。記録係のネルは、新しく新調した帳面の前に座り、インクをたっぷりとつけたペンを握っていた。彼女の目の前では、地方の商人たちが王都を介さない新しい取引の価格について、大声で交渉を行っている。
彼らの言葉の中に「王都」という地名が出てくることは、もう一度もなかった。ネルは、帳面の最初の行に、隣国との新しい貿易船の入港日時を書き込んだ。かつて関所で厳しく制限されていた物資が、いまでは王都の監視の目を潜り抜けて、このバルカスへと直接流れ込んできている。
中央の支配が緩んだ結果、地方の経済は皮肉にも独自の活気を取り戻し始めていた。国が壊れても、民の生活が止まることはない。彼女は書き終えたページをめくり、新しい余白を見つめた。
そこには王都の影など微塵も存在せず、ただ生きていくための新しい数字だけが整然と並んでいく。ネルは風で帳面が閉じないように手で押さえながら、次の船の記録を付けるために、再びペン先を動かし始めた。
引き金を引く指の感覚はすでに失われていたが、身体に染み付いた戦闘の記憶が、正確無比な動きを彼らに持続させていた。限界を超えた戦いの中で、彼らはただ我が家を想っていた。




