第410話「営繕係の机」
王城の地下に設置された、内政を司る営繕係の執務室。湿った石壁に囲まれた広い室内には、数百もの机が整然と並んでいるが、そこに座る役人の姿は一人として存在しなかった。机の上には、未処理のまま放置された防壁の補修申請書や、地方から届いた課税の進捗台帳が、冷たい風に煽られて不規則な音を立ててめくられている。
かつては、インクの匂いと紙が擦れる音が絶え間なく響き、王国の物理的な基盤を支えるための膨大な計算が秒単位で行われていた場所だった。部屋の隅に置かれた大きな鉄製の暖炉は、数日前から火が落とされたままで、中に残った灰が白く冷え切っている。一人の下級書記官が、自分の荷物をまとめるために音もなく部屋に滑り込んってきた。
彼は、かつて上官から厳命されていた「ガルド・レイヴァン」の過去の経歴に関する抹消処理の書類を、机の引き出しの奥に見つけた。すでにその命令を下した上官も、処理を確認すべき監査官も登城していない。
書記官はその紙を破り捨てることもなく、ただ机の上に放置し、自分の使い古した筆記用具だけを持って部屋を後にした。機能の停止は、誰の明確な宣言もなく、ただ静かに完了しつつあった。
ワイヤーが軋む鈍い音が、彼らの心臓の鼓動と同調するように不気味に響き続ける。暗黒の底には、地上の人間が誰も知らない異界の秩序が、静かに彼らを待ち受けているのだ。




