第398話「未着の資材」
中央区の物資集積所に隣接する、古い職人の作業場。薄暗い室内には、かつて王宮の修繕や防壁の補強のために頻繁に用いられていた最高級の木材や、特殊な加工が施された頑丈な鉄板が、棚の隅々にまで整然と積まれたままになっている。
主である老工匠は、手慣れた槌を握ることもなく、冷え切った石の作業台の前にただ静かに座っていた。机の上には、半月前に城内の営繕係から直接届けられた、破損した防壁の補修指示書が色褪せた状態で広げられたままだ。彼が長年愛用してきた頑丈な道具一式は、全て綺麗に手入れをされた状態で箱の中に眠っている。
「もう、これを確認しに来る役人も、実際に動かす兵もどこにもいない」
工匠は独り言のように、乾いた声で静かに呟いた。発注を出したはずの担当官の広大な屋敷は、すでに数日前から完全に人影が途絶えている。国が自らの物理的な破綻を直そうとしなくなるということは、その防壁が守るべき中身そのものが、この世界から完全に消失したことを意味していた。
彼はゆっくりと立ち上がり、机の上の指示書を静かに折り畳むと、古い引き出しの最下段へと仕舞い込んだ。彼がこの場所で新しく木を削り、鉄を叩く理由は、もうどこにも残されていなかった。都市がその機能を失っていくように、彼もまた静かに自分の作業場を閉ざし、重い鍵をかけて裏口から立ち去っていった。その背中には、職人としての誇りさえも置き去りにされたかのような、深い虚無感だけが漂っていた。




