第38話 初の誤算
―魔導区画・上層監視塔―
「……維持」
リシェルが呟く。
魔法陣は展開されたまま。
高密度。
高出力。
理論通り。
――のはずだった。
―異常値―
「……出力、低下?」
水晶の数値が揺れる。
「……いや、誤差か」
即座に切り捨てる。
「補正」
数式を組み替える。
問題はない。
計算は正しい。
――だが。
―ズレ―
「……違う」
手が止まる。
「……合わない?」
わずかな違和感。
ほんの一瞬。
だが。
「……どこだ」
目を細める。
―再計算―
「……いや」
「ありえない」
何度計算しても。
結果は同じ。
だが現実は違う。
「……ズレている」
―ゼル―
「……来る」
ゼルが呟く。
次の瞬間。
防御が反応する。
だが。
ほんのわずかに。
遅れる。
―突破寸前―
ゼルの手が届く。
防御が間に合う。
――だがギリギリ。
「……っ」
リシェルの呼吸が乱れる。
―確信―
「……今のは」
震える声。
「……計算ミスだ」
沈黙。
―初の認識―
「……ありえない」
「そんなはずはない」
否定する。
だが。
「……いや」
「今のは」
「確実にズレた」
認める。
初めて。
―自己崩壊の入口―
「……なぜだ」
「理論は正しい」
「式も間違っていない」
「なのに」
「なぜ外れる」
思考が乱れる。
―ゼル―
「……始まったな」
静かな声。
リシェルが顔を上げる。
「……何がだ」
「崩壊だ」
短い一言。
―否定―
「……違う」
「まだ一回だ」
「誤差だ」
「修正できる」
必死に繋ぐ。
理論に。
自分に。
―締め―
天才は間違えない。
そう思っていた。
だが。
その前提が崩れた瞬間。
すべては、崩れ始める。




