第374話「閉ざされた書庫」
王城の地下深くに位置する、膨大な歴史を収めた第一文書書庫。
天井まで届く木製の頑丈な棚には、建国以来のあらゆる記録や勅令が、埃を被ったまま厳重に保管されている。
書記官のオーリアスは、冷え切った机の前に座り、小さなインク瓶を見つめていた。
手元には、失脚した高官たちの名前を抹消するための墨消しの道具が揃っている。
しかし、昨日までに上官から指示されていた「ガルド・レイヴァン」の武功記録は、すべての帳面から完全に削り終えていた。
功績だけが誰のものか分からない形で残り、人間という存在だけが綺麗に消え去る。
それが、この城がこれまで繰り返してきた隠蔽の技術だった。
オーリアスは、もう新しく削るべき名前の書類が、自分の元へ届かなくなっていることに気づいていた。
各部署の事務機能が停止したため、指示書を運ぶはずの使いの足音すら、昨日の午後から完全に途絶えている。
彼は静かに立ち上がり、黒く染まった指先を眺めた。
何度洗っても落ちない墨の匂いが、自分の人生そのものを侵食しているかのように感じられた。
仕事はない。だが、退出を許可する上司もそこにはいない。
オーリアスは、鍵の壊れた書庫の扉をそっと閉め、背後の暗闇に全ての帳面を残したまま、誰もいない廊下へと歩き出した。




