第363話「水の音」
王城の裏手に位置する、巨大な給水施設。かつては王宮の隅々まで清廉な水を送り届けるために、数十人の作業員が交代で巨大な水車を管理していた場所だった。
しかし、今朝の水車小屋には人影がなく、ただ川の流れに押された木製の歯車が、誰もいない空間で虚しく軋んだ音を立てて回り続けている。導水管の一部から水が漏れ、石の床に小さな水溜まりを作っていた。通りかかった下級の役人がその様子を見つけ、立ち止まった。
床を濡らす水の音だけが、不気味なほどはっきりと建物の中に響いている。本来なら、すぐに修理の職人を手配するべき案件だったが、役人は動こうとはしなかった。彼の懐には、未払いの俸給に関する抗議書が入ったままだ。
城内の中枢が機能していない以上、ここで水の漏れを止めたところで、誰からも評価されず、一文の金にもならない。役人は水溜まりを避けて通り過ぎ、そのまま建物の外へと出ていった。水は絶え間なく床に溢れ、建物の土台を少しずつ、だが確実に侵食していく。
城を支える物理的なインフラさえも、誰の悪意によるものでもなく、ただ無関心という名の空気によって緩やかに崩壊を始めていた。誰も管理しない水は、かつて王宮を潤したのと同じ冷たさで、いまや国を内側から腐らせる原因になっていた。漏れ出す水は止まらず、静かに建物の奥深くへと染み込んでいく。




