357/444
第357話「無記入の航路」
港町バルカスの記録所には、今日も変わらず塩気を含んだ冷たい海風が吹き込んでいた。
ネルは古い帳面を閉じ、新しい真っ白な帳面を棚から取り出して机の上に広げた。
彼女はペンを取り、表紙に太い墨で「地方間流通記録」と書き入れた。
これまでの帳面に必ず印刷されていた「王都直行便」という四文字の項目は、今回の帳面からは最初から除外されていた。
王都へ向かうはずだった大量の塩も、頑丈な建築用の木材も、今ではすべて西の街道を経由して別の地方へと流れ始めている。
王都の機能が麻痺しようとも、地方の人間は生きていかなければならない。
そのためには、機能しない中央を無視し、自分たちで新しい生きるための道を見つけるだけのことだった。
ネルは淡々とペンを走らせ、新しく入港した地方の商船の名前を書き込んでいった。
彼女の手元にある帳面の中から、王都という言葉の質量が、一歩ずつ確実に消えかけていた。




