第349話「六日前の崩落」
王都南区を取り囲む外壁の一部が、夜の間に音を立てて崩れ落ちた。
長年の風雨に耐えてきた強固な石材が地面に転がり、周囲に白い石粉を巻き上げている。
夜明けの巡回を行っていた下級兵士がそれを見つけ、足元に散らばる破片を見つめた。
本来の規定であれば、このような事態が発生した場合はすぐに城内の営繕係へ詳細な報告書を回し、修繕のための石工の手配と予算の申請を要請する手はずになっていた。
兵士は腰の袋から、薄汚れた記録用の帳面を取り出した。
ペンを執り、日付と場所を書き込もうとしたが、その手は途中で止まった。
「……誰にこれを届ければいいんだ」
営繕の総責任者であった貴族の屋敷は、三日前から大きな門が閉ざされたままだ。
城内へ報告を出したところで、それを正式に受理して決済を行う役人は一人も残っていない。修理に必要な費用を出すための窓口も、すでに完全に閉鎖されていた。
兵士はしばらく帳面を見つめていたが、やがてそれを何も書かずに懐へと戻した。
崩れ落ちた壁の隙間からは、外の荒涼とした平原が覗いている。
彼はそれを直そうとはせず、ただ見なかったことにして、自分の足音だけを響かせながら歩き去った。
彼らが直さないのではない。直すための仕組みが、国としての制度ごと消えていた。
崩れた壁はそのまま放置され、朝の冷たい風がそこから南区の路地へと容赦なく吹き込み始めた。




