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第343話「名前の話」
子供が聞いた。
「ねえ、ゼルって悪い人なの」
母親は少し黙ってから答えた。
「……悪い人かどうかは、先生に聞きなさい」
「先生は悪い人って言わなかった」
「そう」
「じゃあ悪くないの」
「……そういうことでもない」
子供はしばらく考えた。
「お父さんは」
「お父さんは……難しいって言った」
「難しいの」
「難しいのかもしれない」
「ゼルって、誰かを殺したの」
母親は手を止めた。
「……たぶん、そうかもしれない」
「なのに悪くないの」
答えるのが難しかった。
少し時間をかけてから、母親は言った。
「……悪い人が悪いことをされたとき、それは誰が悪いのかな」
「……?」
「難しい話だよ。今はわからなくていい」
子供は少し不満そうにしてから、また外へ出ていった。
母親は台所に戻った。
包丁を持った手が、少し止まる。
答えながら、自分でも分からなかった。
分からないまま答えた。
それが今の王都だった。




