第137話「嘘の希望の先」
貴族会館の空気は。
ほんの少しだけ変わっていた。
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恐怖は消えていない。
だが。
“考える余裕”が戻っている。
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「……接触はいつだ」
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上位貴族が聞く。
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「……明日の夜です」
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返答は早い。
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全員。
もう後戻りできない。
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「……護衛は」
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「……最低限です」
「……刺激しないために」
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静かな会話。
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だが。
その内容は。
全員の命を賭けたものだった。
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「……成功すれば」
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誰かが呟く。
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「……終わるかもしれない」
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その言葉。
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誰も否定しない。
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否定したくない。
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“希望”だからだ。
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場面が変わる。
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ロイド家。
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ルークは眠れていなかった。
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窓の外を見る。
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王都は暗い。
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明かりが少ない。
人の声も少ない。
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街全体が。
何かを恐れている。
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「……なんなんだよ……」
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答えはない。
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父も。
兄も。
何も教えない。
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ただ。
妙に優しい。
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それが逆に怖い。
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その時。
廊下から小さな物音。
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ルークは扉を少し開ける。
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父と兄。
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小声で話している。
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「……本当に安全なんだな」
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「……今までの対象に十五以下はいない」
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「……なら問題ない」
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ルークの指先が冷える。
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また。
その話。
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「……もし接触できれば」
「……交渉材料になる」
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「……あいつは“線引き”している」
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希望。
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完全に。
それを信じ始めている。
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ルークはゆっくり扉を閉める。
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頭が整理できない。
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だが。
一つだけ分かる。
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“自分は利用されている”。
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その理解だけが。
胸に重く残る。
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場面が変わる。
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王都外れ。
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ゼルは静かに歩いていた。
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周囲に人はいない。
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逃げている。
避けている。
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誰もが。
本能で距離を取っている。
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その中で。
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一人の少女が転ぶ。
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まだ小さい。
十歳ほど。
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「……っ」
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膝を擦りむく。
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泣きそうになりながら顔を上げる。
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そして。
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目が合う。
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ゼルと。
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少女は固まる。
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周囲の大人たちも息を止める。
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終わった。
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誰もがそう思う。
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だが。
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ゼルは何も言わない。
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少女を一瞥し。
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そのまま通り過ぎる。
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ただ。
それだけ。
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少女は呆然と見送る。
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周囲の大人たちも。
動けない。
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「……なんで……」
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誰かが呟く。
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理解できない。
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だが。
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一つだけ。
確実なことがあった。
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“子供には手を出さない”。
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その事実が。
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さらに。
貴族たちへ“希望”を与えてしまっていた。




